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	<title>東葛まいにち &#187; 連載記事</title>
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		<title>思春期ブルー一覧</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 21:01:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[思春期ブルー]]></category>

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		<description><![CDATA[
小児科医　北島晴夫
あいあいキッズ院長
思春期は、大人になる課程で誰もが通る道。
心身ともに成長する時期ゆえに、いわゆる“思春期病”といわれる特有の症状が現れます。
思春期外来も開いていらっしゃる北島先生から、親のありかたや子どもへの接し方など、難しい時期を乗り切るためのアドバイスをいただきます。
適切な対応をとることで、本人も親もずっと楽になれますよ。
『東葛まいにち』で好評連載中！
北島先生のホームページ
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img class="size-full wp-image-25  alignleft" title="思春期ブルー" src="http://210.198.3.181/images/2009/07/shishuki_title.gif" alt="思春期ブルー" width="247" height="42" /></p>
<p>小児科医　北島晴夫<br />
あいあいキッズ院長</p>
<p>思春期は、大人になる課程で誰もが通る道。<br />
心身ともに成長する時期ゆえに、いわゆる“思春期病”といわれる特有の症状が現れます。<br />
思春期外来も開いていらっしゃる北島先生から、親のありかたや子どもへの接し方など、難しい時期を乗り切るためのアドバイスをいただきます。<br />
適切な対応をとることで、本人も親もずっと楽になれますよ。</p>
<p><strong>『東葛まいにち』</strong>で好評連載中！</p>
<div id="attachment_29" class="wp-caption alignleft" style="width: 210px"><a href="http://www.hi-ho.ne.jp/haruo-kitajima/greenindex.html" target="_blank"><img class="size-full wp-image-29 " title="あいあいキッズクリニック" src="http://210.198.3.181/images/2009/07/shishunki_banner.jpg" alt="北島先生のホームページ" width="200" height="64" /></a><p class="wp-caption-text">北島先生のホームページ</p></div>
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		<title>No.153　我慢</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Jul 2010 21:00:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[思春期ブルー]]></category>

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		<description><![CDATA[　親が子どもに対して、〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ Ｓ Ｄ ＫＳ）〟ことは、思春期病対策として有効ですが、主眼は、子どもに親の信じる心を映すこと。　
〝信じる〟の意味については、子どもはそれぞれに正しい価値観をもって行動していると認めること、と定義しています。認めるのであれば、余分な干渉、介入は無用となる理屈です。
本来は〝信じる〟だけで十分ですが、実際にどうすればよいのか分かりにくいので、より具体的な方法として〝黙る、聴く、すべて任せる〟を加えています。
ＳＤＫＳを実行するに当って、多くの方が難しいと訴えるのが〝黙る〟です。
黙るコツについて少し書いておきます。　まずは、黙ろうと決意しますが、多少我慢をしてでも黙ることに集中します。
もちろん、黙っているつもりでも黙れている訳はないので、逆に、どんな言葉をどのくらいしゃべっているかに気づくことが大切です。
要するに、（黙る！）と決意しつつも、ついしゃべってしまう言葉を探し続ける、といった感じです。
当然、（あっ、言っちゃった）という場面に多く遭遇するでしょうが、初心のうちは、（あっ、言っちゃった）と気づいただけで大進歩と思ってください。過去には、しゃべりながら何の不思議も感じないでいた言葉だったのですから。
我慢とはいえ、黙る努力をしているからできる発見なのです。
もちろん発見だけでは進歩しませんから、（こんな言葉は２度としゃべりたくない！）と、その度に自分に言い聞かせます。
その時大切なのは、けっして自分を責めないこと。なかば癖になっている〝しゃべり〟を止めようというのですから、一朝一夕に叶うことではありません。
何度失敗してしゃべってしまっても、気づき、反省を忘れず、執拗に黙る我慢を続けてゆくと、やがて、ついしゃべることがうそのように消えてゆきます。　
「黙っていることが、しゃべることよりもこんなに楽なことだとは思いませんでした。黙っていても子どもは、ほとんどこちらの思いにそった行動しかしないんですね」
　次回は「懸案化」。
「東葛まいにち」2010年7月14日号掲載
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　親が子どもに対して、〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ Ｓ Ｄ ＫＳ）〟ことは、思春期病対策として有効ですが、主眼は、子どもに親の信じる心を映すこと。　</p>
<p><span id="more-2513"></span>〝信じる〟の意味については、子どもはそれぞれに正しい価値観をもって行動していると認めること、と定義しています。認めるのであれば、余分な干渉、介入は無用となる理屈です。</p>
<p>本来は〝信じる〟だけで十分ですが、実際にどうすればよいのか分かりにくいので、より具体的な方法として〝黙る、聴く、すべて任せる〟を加えています。</p>
<p>ＳＤＫＳを実行するに当って、多くの方が難しいと訴えるのが〝黙る〟です。</p>
<p>黙るコツについて少し書いておきます。　まずは、黙ろうと決意しますが、多少我慢をしてでも黙ることに集中します。</p>
<p>もちろん、黙っているつもりでも黙れている訳はないので、逆に、どんな言葉をどのくらいしゃべっているかに気づくことが大切です。</p>
<p>要するに、（黙る！）と決意しつつも、ついしゃべってしまう言葉を探し続ける、といった感じです。</p>
<p>当然、（あっ、言っちゃった）という場面に多く遭遇するでしょうが、初心のうちは、（あっ、言っちゃった）と気づいただけで大進歩と思ってください。過去には、しゃべりながら何の不思議も感じないでいた言葉だったのですから。</p>
<p>我慢とはいえ、黙る努力をしているからできる発見なのです。</p>
<p>もちろん発見だけでは進歩しませんから、（こんな言葉は２度としゃべりたくない！）と、その度に自分に言い聞かせます。</p>
<p>その時大切なのは、けっして自分を責めないこと。なかば癖になっている〝しゃべり〟を止めようというのですから、一朝一夕に叶うことではありません。</p>
<p>何度失敗してしゃべってしまっても、気づき、反省を忘れず、執拗に黙る我慢を続けてゆくと、やがて、ついしゃべることがうそのように消えてゆきます。　</p>
<p>「黙っていることが、しゃべることよりもこんなに楽なことだとは思いませんでした。黙っていても子どもは、ほとんどこちらの思いにそった行動しかしないんですね」</p>
<p>　次回は「懸案化」。</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年7月14日号掲載</p>
<p style="text-align: right;"> </p>
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		<title>子供の広場一覧</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Jun 2010 21:31:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[子どもの広場]]></category>

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		<description><![CDATA[  
ゆうび小さな学園代表　大妻女子大学院講師　内堀　照夫 
http://members3.jcom.home.ne.jp/yuubinet/
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"> <img class="alignnone" style="border: 0px;" title="子どもの広場" src="http://210.198.3.181/images/yuubi.gif" border="0" alt="子どもの広場" /> <img class="aligncenter size-full wp-image-504" title="ゆうび" src="http://210.198.3.181/images/2009/07/yuubi02.gif" alt="ゆうび" width="140" height="42" /></p>
<p>ゆうび小さな学園代表　大妻女子大学院講師　内堀　照夫 </p>
<p><a href="http://members3.jcom.home.ne.jp/yuubinet/" target="_blank">http://members3.jcom.home.ne.jp/yuubinet/</a></p>
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		<item>
		<title>No.152　注意</title>
		<link>http://www.bunya.ne.jp/rensai/shishunki/shishunki152.htm</link>
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		<pubDate>Tue, 08 Jun 2010 21:30:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[思春期ブルー]]></category>

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		<description><![CDATA[思春期病への対応として、親が黙ることの重要性を強調していますが、頭では理解できるのに、言葉が先に出てしまう、と悩まれる方は意外に多いものです。

「まだ、しゃべっているようですね」
「注意しているつもりなんですが、ついしゃべってしまいます」
「なぜしゃべってしまうか分かりますか？」
「やはり、注意が足りないからだと思います」
自分の大切な子どもが思春期の迷路に迷い、身動きがとれなくなったのをみて（なんとかしなくては）と思わない親はいません。
そこに、黙ることが有効である、と聞きつければ、なんとか黙れないものかと考えるのが親ですし、普段とはちがう注意を払ってでも黙ろうとするでしょう。
それでも、ついしゃべってしまう理由は何でしょうか？
親の、子どもを管理・支配したい欲望によるもの、という説明も可能ですが、私たちの行動のほとんどを制御している脳の仕業、と考えることもできます。
脳は、過去の好ましかった経験、心地よかった記憶などを参照しつつ、似たような行動を繰り返えそうとする習性をもっており、過去と似た状況になると、本人の考えが及ぶ前に、過去の経験・記憶を探って、よい結果を招いたと思われる行動をさっさと指令してしまうのです。
つい・・・、あるいは、いつのまにか・・・、という行動のほとんどは、このパターンで起こります。
ですから〝つい・いつのまにか行動〟は、もともと注意をかいくぐる性質のものなので、（今度こそ注意しよう）という反省ではなかなか止まらないのです。
〝つい・いつのまにか行動〟は、いわば習性ですから、気づくたびに（これは失敗！不快なこと！）と心の中で、あるいは口に出して確認し続けていると、次第に、その姿勢が記憶の領域に焼きついて、脳の習性に変化が起こるという理屈です。
そのためには、自分の言動には常にチェックを入れ、ＳＤＫＳと合わないものにはダメ出し続けるくらいの姿勢と注意が必要です。
次回は「我慢」

「東葛まいにち」2010年6月9日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>思春期病への対応として、親が黙ることの重要性を強調していますが、頭では理解できるのに、言葉が先に出てしまう、と悩まれる方は意外に多いものです。</p>
<p><span id="more-2311"></span><br />
「まだ、しゃべっているようですね」<br />
「注意しているつもりなんですが、ついしゃべってしまいます」<br />
「なぜしゃべってしまうか分かりますか？」<br />
「やはり、注意が足りないからだと思います」</p>
<p>自分の大切な子どもが思春期の迷路に迷い、身動きがとれなくなったのをみて（なんとかしなくては）と思わない親はいません。</p>
<p>そこに、黙ることが有効である、と聞きつければ、なんとか黙れないものかと考えるのが親ですし、普段とはちがう注意を払ってでも黙ろうとするでしょう。</p>
<p>それでも、ついしゃべってしまう理由は何でしょうか？<br />
親の、子どもを管理・支配したい欲望によるもの、という説明も可能ですが、私たちの行動のほとんどを制御している脳の仕業、と考えることもできます。</p>
<p>脳は、過去の好ましかった経験、心地よかった記憶などを参照しつつ、似たような行動を繰り返えそうとする習性をもっており、過去と似た状況になると、本人の考えが及ぶ前に、過去の経験・記憶を探って、よい結果を招いたと思われる行動をさっさと指令してしまうのです。</p>
<p>つい・・・、あるいは、いつのまにか・・・、という行動のほとんどは、このパターンで起こります。<br />
ですから〝つい・いつのまにか行動〟は、もともと注意をかいくぐる性質のものなので、（今度こそ注意しよう）という反省ではなかなか止まらないのです。</p>
<p>〝つい・いつのまにか行動〟は、いわば習性ですから、気づくたびに（これは失敗！不快なこと！）と心の中で、あるいは口に出して確認し続けていると、次第に、その姿勢が記憶の領域に焼きついて、脳の習性に変化が起こるという理屈です。</p>
<p>そのためには、自分の言動には常にチェックを入れ、ＳＤＫＳと合わないものにはダメ出し続けるくらいの姿勢と注意が必要です。</p>
<p>次回は「我慢」</p>
<p style="text-align: right;">
「東葛まいにち」2010年6月9日号掲載</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>中学校を不登校で過ごした幸さん―高校卒業目前で出来た「友だち」</title>
		<link>http://www.bunya.ne.jp/rensai/yuubi/%e4%b8%ad%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%82%92%e4%b8%8d%e7%99%bb%e6%a0%a1%e3%81%a7%e9%81%8e%e3%81%94%e3%81%97%e3%81%9f%e5%b9%b8%e3%81%95%e3%82%93%e2%80%95%e9%ab%98%e6%a0%a1%e5%8d%92%e6%a5%ad%e7%9b%ae%e5%89%8d.htm</link>
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		<pubDate>Tue, 08 Jun 2010 21:30:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[子どもの広場]]></category>

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		<description><![CDATA[幸さん18歳の誕生日会。インタビューに答えた。

《…わたし、小学校６年から不登校になって、ゆうびに通うようになったの。
ゆうびは、不登校経験者や現在不登校の人が何人もいる、ゆったりした時間の流れるやさしい雰囲気のところ。演劇、ダンス、バンドのボーカルなどにもチャレンジして、自分を表現できるようになりました。
…この調子なら高校にもいけるかも？
…でも、小学校の頃のような人間関係での痛手はもうこりごり…。
いろいろ考えて『友達をつくらない。人間関係は必要最小限に止める。勉強中心の生活。寂しくなったら、ゆうびで癒す』と決断。高校選びは慎重にしました。
思い浮かぶ条件を書き出して、線で結び構造化して、何日も迷い、定時制を選びました。入学の日から、強くもないけど弱くもない目立たないけど感じ取ってもらえる『わたしはひとりでいいですから』というオーラを出して登校したの。担任先生にも決意を伝え見守ってもらいました。勉強も少し頑張って３年間で卒業しました。
卒業間近のある日、クラスのひとりの女の子が近づいてきて「ちょっと話をしていいですか？」ひかえめに礼儀正しく言われたから、「どうぞ」と答えていたわたし。すると「わたし、あなたのことが３年間ずっと気になっていました。魅力的でこんな人と友達になりたいなぁと思っていたの。発言や態度にも共感できたし…。このまま卒業してしまったらこれで終わりになっちゃう。もったいないなぁって思って…。これからお友達になりたい」って言ったんです。
わたし、どぎまぎするやら、うれしいやら。そんなふうに３年間もわたしのことを見てくれていたんだ…、心があつくなって…入学のときの決意を伝え、何かゴメンナサイと言いたい気持ちも湧いてきて「うれしいです。友達になって」…ほおが赤くなっていたかも知れない…。進学を決めた今、これからは、ありのままの自分で居ようと思えた瞬間です。》
拍手。
幸さんは、地味な高校生活を続けた。けれど、級友の言葉で青春時代がライトアップされた。さなぎの皮がパチッと割れて蝶になる。
「東葛まいにち」2010年6月9日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>幸さん18歳の誕生日会。インタビューに答えた。</p>
<p><span id="more-2307"></span><br />
《…わたし、小学校６年から不登校になって、ゆうびに通うようになったの。<br />
ゆうびは、不登校経験者や現在不登校の人が何人もいる、ゆったりした時間の流れるやさしい雰囲気のところ。演劇、ダンス、バンドのボーカルなどにもチャレンジして、自分を表現できるようになりました。</p>
<p>…この調子なら高校にもいけるかも？<br />
…でも、小学校の頃のような人間関係での痛手はもうこりごり…。<br />
いろいろ考えて『友達をつくらない。人間関係は必要最小限に止める。勉強中心の生活。寂しくなったら、ゆうびで癒す』と決断。高校選びは慎重にしました。</p>
<p>思い浮かぶ条件を書き出して、線で結び構造化して、何日も迷い、定時制を選びました。入学の日から、強くもないけど弱くもない目立たないけど感じ取ってもらえる『わたしはひとりでいいですから』というオーラを出して登校したの。担任先生にも決意を伝え見守ってもらいました。勉強も少し頑張って３年間で卒業しました。</p>
<p>卒業間近のある日、クラスのひとりの女の子が近づいてきて「ちょっと話をしていいですか？」ひかえめに礼儀正しく言われたから、「どうぞ」と答えていたわたし。すると「わたし、あなたのことが３年間ずっと気になっていました。魅力的でこんな人と友達になりたいなぁと思っていたの。発言や態度にも共感できたし…。このまま卒業してしまったらこれで終わりになっちゃう。もったいないなぁって思って…。これからお友達になりたい」って言ったんです。</p>
<p>わたし、どぎまぎするやら、うれしいやら。そんなふうに３年間もわたしのことを見てくれていたんだ…、心があつくなって…入学のときの決意を伝え、何かゴメンナサイと言いたい気持ちも湧いてきて「うれしいです。友達になって」…ほおが赤くなっていたかも知れない…。進学を決めた今、これからは、ありのままの自分で居ようと思えた瞬間です。》</p>
<p>拍手。</p>
<p>幸さんは、地味な高校生活を続けた。けれど、級友の言葉で青春時代がライトアップされた。さなぎの皮がパチッと割れて蝶になる。</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年6月9日号掲載</p>
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		</item>
		<item>
		<title>No.151　思い</title>
		<link>http://www.bunya.ne.jp/rensai/shishunki/shishunki151.htm</link>
		<comments>http://www.bunya.ne.jp/rensai/shishunki/shishunki151.htm#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 11 May 2010 22:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[思春期ブルー]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.bunya.ne.jp/?p=2121</guid>
		<description><![CDATA[当思春期外来で、思春期病への具体的な対応法としてお勧めしている〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ＳＤＫＳ）〟のうち軸となるのは〝信じる〟ですが、ぼんやり〝信じる〟と言われても、どうすることなのか今一歩はっきりしません。
当外来では〝信じる〟とは、「他者の価値観を、たとえ自分とは異なっていても、それはそれとして正しいと認めようとする思い」と定義しています。
はっきりと、「・・・正しいと認めること」とせずに、「・・と認めようとする思い」とした理由は、「認めること」としてしまうと、途端に実行困難なことになってしまうからです。
所詮は、我欲のかたまりである我々にできることには限界があり、思いをもつ程度が妥当なところでしょう。
思いをもつだけで効果が期待できるのか、という疑問も生まれますが、思い続けることができれば十分な効果を期待できます。　ただし、思い続けているといいながら、実は、思い続けている気分だけであることも珍しいことではありません。
実効のある〝思い続け〟を行うためには、自分の言動のすべてについて、思いからはずれたものがないかどうか点検し続ける必要があります。
言い方を変えるなら、思い続けるとは、自分の言動をいつも点検し、思いと異なる言動には〝間違っている〟というレッテルを貼り続ける作業と言えます。
（手助けをしてしまったが、子どもを認める行動とはいえない）
（ちょっとした提案をしたが、親の価値観の押しつけでしかなかった）
（子どもの行動をほめたが、所詮は親の価値観での評価に過ぎない）
　こんな風に、自分の言動に〝間違っている〟レッテルをはり続けることは、頭の中にいつも〝信じる〟や〝認める〟思いがあって初めてできることです。
思い続けることが有効な理由は、本気で思い続けることは、そのまま相手の心に響くものだから。「心は鏡」のルール通り、（認めたい）という思いは、子どもに〝信じる〟思いとして伝わります。
次回は、「注意」
「東葛まいにち」2010年5月12日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>当思春期外来で、思春期病への具体的な対応法としてお勧めしている〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ＳＤＫＳ）〟のうち軸となるのは〝信じる〟ですが、ぼんやり〝信じる〟と言われても、どうすることなのか今一歩はっきりしません。</p>
<p><span id="more-2121"></span>当外来では〝信じる〟とは、「他者の価値観を、たとえ自分とは異なっていても、それはそれとして正しいと認めようとする思い」と定義しています。</p>
<p>はっきりと、「・・・正しいと認めること」とせずに、「・・と認めようとする思い」とした理由は、「認めること」としてしまうと、途端に実行困難なことになってしまうからです。</p>
<p>所詮は、我欲のかたまりである我々にできることには限界があり、思いをもつ程度が妥当なところでしょう。</p>
<p>思いをもつだけで効果が期待できるのか、という疑問も生まれますが、思い続けることができれば十分な効果を期待できます。　ただし、思い続けているといいながら、実は、思い続けている気分だけであることも珍しいことではありません。</p>
<p>実効のある〝思い続け〟を行うためには、自分の言動のすべてについて、思いからはずれたものがないかどうか点検し続ける必要があります。</p>
<p>言い方を変えるなら、思い続けるとは、自分の言動をいつも点検し、思いと異なる言動には〝間違っている〟というレッテルを貼り続ける作業と言えます。</p>
<p>（手助けをしてしまったが、子どもを認める行動とはいえない）<br />
（ちょっとした提案をしたが、親の価値観の押しつけでしかなかった）<br />
（子どもの行動をほめたが、所詮は親の価値観での評価に過ぎない）</p>
<p>　こんな風に、自分の言動に〝間違っている〟レッテルをはり続けることは、頭の中にいつも〝信じる〟や〝認める〟思いがあって初めてできることです。</p>
<p>思い続けることが有効な理由は、本気で思い続けることは、そのまま相手の心に響くものだから。「心は鏡」のルール通り、（認めたい）という思いは、子どもに〝信じる〟思いとして伝わります。</p>
<p style="text-align: right;">次回は、「注意」</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年5月12日号掲載</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「３人関係」を発達課題と捉え、小学校中学年までにクリアさせたい</title>
		<link>http://www.bunya.ne.jp/rensai/yuubi/yuubi173.htm</link>
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		<pubDate>Tue, 11 May 2010 22:00:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[子どもの広場]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.bunya.ne.jp/?p=2118</guid>
		<description><![CDATA[算数・理科が好きな彩さん（小４）と、物語を書くことが好きな敦さん（小３）２人は一緒に入園してきた仲良し。
口げんかをすれば、敦さんの言葉には勢いがある。彩さんはだまってうなずくだけ。初めての事柄でもちゅうちょなく夢中で取り組む彩ちゃんを羨望のまなざしで見つめる敦さん。良い関係が続いていた。
そこに、蓮さん（小３）が入園してきた。
彩さんは軽い気持ちで蓮さんに言った。「敦さんってね、きつい言葉で言うことがあるの」。おうようで気遣いのできる蓮ちゃんは「ふ～ん」と聞き流していたが、次の日、敦さんに何気なく告げてしまった。感じやすい敦さんは「彩さんはそんな気持ちだったのか」と落胆し、悔しがり、涙を浮かべる。　それからは、敦さんと蓮さんの関係は濃密になり、徐々に彩さんがシカトされてしまう。彩さんがそばにくると、２人は、目くばせして別のところへ行く。彩さんは、なんとなく何かを感ずるのだろう、追うことをしない。
この「３人関係」はイジメの構図の原型でもある。　こうしたケースについて、リーダーたちは情報を交換し合うが、関係改善の介入はしない。「見守る」ことを申し合わせている。母親３人にも、ゆうびの方針を理解して頂き、子どものその時々の状態については、リーダーと共有しながら、我慢の見守りを続けてもらう。
否応無しに集団生活を強いられる今日の子ども達にとっては、「３人関係」を発達課題と捉えて、小学校中学年頃までにクリアさせてしまうのが子ども達にとっても得策ではないか。
なぜなら、いかなる集団であっても、集団の属性としてイジメが発生する可能性を宿しているから。　
子ども自身にクリアさせるには、早急な介入は避け、見守り続ける。３人のそれぞれの葛藤・相克をそれぞれの子の内面に沈潜させ、時間を掛けて昇華する経験を積ませることである。
発達課題をクリアした子ども達は、思春期に入ったとき、自立の進んだ人間として、自他の個性・特性を理解し合い、互いに尊重できる友人関係が創れるような成長を遂げるであろう。
「東葛まいにち」2010年5月12日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>算数・理科が好きな彩さん（小４）と、物語を書くことが好きな敦さん（小３）２人は一緒に入園してきた仲良し。</p>
<p><span id="more-2118"></span>口げんかをすれば、敦さんの言葉には勢いがある。彩さんはだまってうなずくだけ。初めての事柄でもちゅうちょなく夢中で取り組む彩ちゃんを羨望のまなざしで見つめる敦さん。良い関係が続いていた。</p>
<p>そこに、蓮さん（小３）が入園してきた。<br />
彩さんは軽い気持ちで蓮さんに言った。「敦さんってね、きつい言葉で言うことがあるの」。おうようで気遣いのできる蓮ちゃんは「ふ～ん」と聞き流していたが、次の日、敦さんに何気なく告げてしまった。感じやすい敦さんは「彩さんはそんな気持ちだったのか」と落胆し、悔しがり、涙を浮かべる。　それからは、敦さんと蓮さんの関係は濃密になり、徐々に彩さんがシカトされてしまう。彩さんがそばにくると、２人は、目くばせして別のところへ行く。彩さんは、なんとなく何かを感ずるのだろう、追うことをしない。</p>
<p>この「３人関係」はイジメの構図の原型でもある。　こうしたケースについて、リーダーたちは情報を交換し合うが、関係改善の介入はしない。「見守る」ことを申し合わせている。母親３人にも、ゆうびの方針を理解して頂き、子どものその時々の状態については、リーダーと共有しながら、我慢の見守りを続けてもらう。</p>
<p>否応無しに集団生活を強いられる今日の子ども達にとっては、「３人関係」を発達課題と捉えて、小学校中学年頃までにクリアさせてしまうのが子ども達にとっても得策ではないか。<br />
なぜなら、いかなる集団であっても、集団の属性としてイジメが発生する可能性を宿しているから。　<br />
子ども自身にクリアさせるには、早急な介入は避け、見守り続ける。３人のそれぞれの葛藤・相克をそれぞれの子の内面に沈潜させ、時間を掛けて昇華する経験を積ませることである。</p>
<p>発達課題をクリアした子ども達は、思春期に入ったとき、自立の進んだ人間として、自他の個性・特性を理解し合い、互いに尊重できる友人関係が創れるような成長を遂げるであろう。</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年5月12日号掲載</p>
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		<title>No.150　頼むこと</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 22:00:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[思春期ブルー]]></category>

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		<description><![CDATA[思春期病の迷路に迷った子どもに対して、親としてどう対応すべきか、誰しも悩むところです。
当思春期外来では、具体的な対応法として〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ＳＤＫＳ）〟ことをお勧めしています。

不登校、無気力症候群、摂食障害、強迫性障害など思春期の迷路に共通するのは、心のエネルギーの消耗であり、ＳＤＫＳは、心をふくらませる対策として有用だからです。
信じるとは、相手の価値観の正当性を認めることであり、認めるのであれば、こちらの価値観などしゃべる必要もなく（黙る）、相手の価値観に耳を傾ける姿勢が適切で（聴く）、相手の価値観に介入する必要もない（すべて任せる）という理屈です。
ＳＤＫＳの軸は、信じることであり、相手の価値観が自分と相反するものであっても、相手にとっては正しいに違いない、と認める意識でいることがポイントです。相手の価値観を自分の中に取り込むことではありません。
「ＳＤＫＳをするにあたって、子どもにものを頼んでもよいのでしょうか？」という質問をしばしば受けますが、上記のことをふまえて考えると次のようになります。
親がものを頼む時、例えば、ちょっとは外出して体を動かした方がいいとか、気分転換を図らせてあげたいとか、親の価値観が背景にある依頼は、ＳＤＫＳから外れたものです。一方、本当に困って頼むことは問題ありませんし、時には、本人の方から進んで手助けしてくる場合もあると思います。
また、同じことを頼むにしても、親の頼む姿勢によっても違います。たとえば、「雨が降ったら、洗濯物取り込んでおくのよ」と「・・・取り込んでおいてね」の違い。ちょっとした言い回しの違いですが、前者は、親としての上から目線の言葉で×、後者は、同じか、下から目線の言葉なので○と考えます。
もちろん、世の常識を盾に、子どもが当然すべき、という姿勢で頼むことも×です。
要は、何を頼むにしても、親の我を入れないことが必須条件となります。
　次回は「思い」。
「東葛まいにち」2010年4月14日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>思春期病の迷路に迷った子どもに対して、親としてどう対応すべきか、誰しも悩むところです。<br />
当思春期外来では、具体的な対応法として〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる（ＳＤＫＳ）〟ことをお勧めしています。</p>
<p><span id="more-1892"></span><br />
不登校、無気力症候群、摂食障害、強迫性障害など思春期の迷路に共通するのは、心のエネルギーの消耗であり、ＳＤＫＳは、心をふくらませる対策として有用だからです。</p>
<p>信じるとは、相手の価値観の正当性を認めることであり、認めるのであれば、こちらの価値観などしゃべる必要もなく（黙る）、相手の価値観に耳を傾ける姿勢が適切で（聴く）、相手の価値観に介入する必要もない（すべて任せる）という理屈です。</p>
<p>ＳＤＫＳの軸は、信じることであり、相手の価値観が自分と相反するものであっても、相手にとっては正しいに違いない、と認める意識でいることがポイントです。相手の価値観を自分の中に取り込むことではありません。</p>
<p>「ＳＤＫＳをするにあたって、子どもにものを頼んでもよいのでしょうか？」という質問をしばしば受けますが、上記のことをふまえて考えると次のようになります。</p>
<p>親がものを頼む時、例えば、ちょっとは外出して体を動かした方がいいとか、気分転換を図らせてあげたいとか、親の価値観が背景にある依頼は、ＳＤＫＳから外れたものです。一方、本当に困って頼むことは問題ありませんし、時には、本人の方から進んで手助けしてくる場合もあると思います。</p>
<p>また、同じことを頼むにしても、親の頼む姿勢によっても違います。たとえば、「雨が降ったら、洗濯物取り込んでおくのよ」と「・・・取り込んでおいてね」の違い。ちょっとした言い回しの違いですが、前者は、親としての上から目線の言葉で×、後者は、同じか、下から目線の言葉なので○と考えます。</p>
<p>もちろん、世の常識を盾に、子どもが当然すべき、という姿勢で頼むことも×です。<br />
要は、何を頼むにしても、親の我を入れないことが必須条件となります。</p>
<p style="text-align: right;">　次回は「思い」。</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年4月14日号掲載</p>
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		<item>
		<title>携帯ゲーム機でゲームをする姿を寸劇として舞台上演できる？</title>
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		<pubDate>Tue, 13 Apr 2010 22:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[子どもの広場]]></category>

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		<description><![CDATA[１年間ボランティアの「松元美樹さんありがとうの会」が開催された。学園生は、プレゼントを用意したり、お礼状を書いたり、出し物をしたりして感謝の気持ちを表す。泰君は、最近ハマっている「太鼓ゲームを舞台でやりたい！」と思い立ちチーフリーダー（マコッちゃん）に申し入れた。
携帯ゲーム機の太鼓ゲームは、一人で楽しめることは確かだが、舞台に乗せて聴衆に何が伝わる？…しばらく迷ったマコッちゃんは思いつく。ロボットアニメでは、人間が頭の中に入り、大きなロボットを運転する、あの方式でいこう、と。
本番。泰君は車椅子から降りて舞台にあがる。
マコッちゃんと久君・孝君の３人が付き添った。舞台の真ん中にあぐらをかいた泰君は、畳の上にゲーム機を置くと言った「太鼓の達人をやります」拍手が起きる。
マコッちゃんは立ったままシャツをめくり上げ丸いお腹を突き出した。久君がその前に膝立ちになりバチを構えた。音を拾うために孝君はマイクをゲーム機にづけながら、観客席の後ろで音響を担当している光君にアイコンタクト。背中を丸めた泰君のタッチペンがゲーム機の太鼓をたたき始める。
ドン・カッ・ドン・ドン・カッ…。それに合わせて、久君がバチを振り上げマコッちゃんのお腹をたたく。孝君は、小さな音も拾おうと、ギリギリまでマイクを近づけ、光君とジェスチャーで連携。音楽に太鼓のリズムが呼応して会場に響く。拍手と笑いが続く。終わると泰君は「フルコンボ！」と叫び「美樹ちゃんありがとう。遊びに来てね」と続けた。
泰君のような申告があると「見ている人たちは楽しめないから別の出し物を考えよう」と誘導するのが多くの指導者・リーダーではなかろうか。ゆうびのリーダーたちはそれをしない。泰君が自分の意志で申告することはまれである。これを成功させれば満足感を味わい自信につながる。
何とかしたい。想い巡らす。その発想が、４人のリーダーの呼吸の合った協力でこんな演出に結実する。一人ひとりを大事にする一つのモデルと思うのはうぬぼれだろうか。
「東葛まいにち」2010年4月14日号掲載
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>１年間ボランティアの「松元美樹さんありがとうの会」が開催された。学園生は、プレゼントを用意したり、お礼状を書いたり、出し物をしたりして感謝の気持ちを表す。泰君は、最近ハマっている「太鼓ゲームを舞台でやりたい！」と思い立ちチーフリーダー（マコッちゃん）に申し入れた。</p>
<p><span id="more-1887"></span>携帯ゲーム機の太鼓ゲームは、一人で楽しめることは確かだが、舞台に乗せて聴衆に何が伝わる？…しばらく迷ったマコッちゃんは思いつく。ロボットアニメでは、人間が頭の中に入り、大きなロボットを運転する、あの方式でいこう、と。</p>
<p>本番。泰君は車椅子から降りて舞台にあがる。<br />
マコッちゃんと久君・孝君の３人が付き添った。舞台の真ん中にあぐらをかいた泰君は、畳の上にゲーム機を置くと言った「太鼓の達人をやります」拍手が起きる。<br />
マコッちゃんは立ったままシャツをめくり上げ丸いお腹を突き出した。久君がその前に膝立ちになりバチを構えた。音を拾うために孝君はマイクをゲーム機にづけながら、観客席の後ろで音響を担当している光君にアイコンタクト。背中を丸めた泰君のタッチペンがゲーム機の太鼓をたたき始める。</p>
<p>ドン・カッ・ドン・ドン・カッ…。それに合わせて、久君がバチを振り上げマコッちゃんのお腹をたたく。孝君は、小さな音も拾おうと、ギリギリまでマイクを近づけ、光君とジェスチャーで連携。音楽に太鼓のリズムが呼応して会場に響く。拍手と笑いが続く。終わると泰君は「フルコンボ！」と叫び「美樹ちゃんありがとう。遊びに来てね」と続けた。</p>
<p>泰君のような申告があると「見ている人たちは楽しめないから別の出し物を考えよう」と誘導するのが多くの指導者・リーダーではなかろうか。ゆうびのリーダーたちはそれをしない。泰君が自分の意志で申告することはまれである。これを成功させれば満足感を味わい自信につながる。</p>
<p>何とかしたい。想い巡らす。その発想が、４人のリーダーの呼吸の合った協力でこんな演出に結実する。一人ひとりを大事にする一つのモデルと思うのはうぬぼれだろうか。</p>
<p style="text-align: right;">「東葛まいにち」2010年4月14日号掲載</p>
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		<title>今ここに在る命一覧</title>
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		<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 22:01:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>東葛まいにち</dc:creator>
				<category><![CDATA[今ここに在る命]]></category>

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		<description><![CDATA[
 
５年間、仕事をしながら母親を自宅で介護して最期を看取った喜多忍さん（68）に突然襲った病魔。
脳梗塞で倒れ、続いて心筋梗塞、肺に腫瘍と、次々に病に冒された４年間の病気との闘いの記録を「手記　60歳からの出発　今ここにある命」と題してシリーズで掲載する。
多くの人に生きる力を与えられればと願い。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: center;"><img class="aligncenter size-full wp-image-202" title="今ここに在る命" src="http://210.198.3.181/images/2009/07/inochi.jpg" alt="今ここに在る命" width="299" height="106" /></p>
<p> </p>
<p>５年間、仕事をしながら母親を自宅で介護して最期を看取った喜多忍さん（<span lang="EN-US">68）に突然襲った病魔。</span></p>
<p><span lang="EN-US">脳梗塞で倒れ、続いて心筋梗塞、肺に腫瘍と、次々に病に冒された４年間の病気との闘いの記録を「手記　60歳からの出発　今ここにある命」と題してシリーズで掲載する。</span></p>
<p>多くの人に生きる力を与えられればと願い。</p>
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