史跡探訪の記事一覧

竹内神社~祭礼は御輿と山車でにぎわう、布佐の鎮守~

●竹内大明神
布佐村森田多右衛門方畑で麦を刈り取っていたところ、急に雷雨があり、翌日来てみると一夜にして竹が生え、麦を取り入れようとすると白蛇がとぐろを巻いていた。そこで愛宕神社の神託を受け、武内社をこの地に遷したというもので、享保21(1736)年に正一位竹内大明神の神位を受けました。

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豪農の館・相島芸術文化村~北総文化圏の文化づくりを目指し次の世代につながる市内初の登録有形文化財~

主屋

相島芸術文化村は、築150年を数える井上家の主屋や土蔵、庭園など歴史的建造物を有効活用し、日本の伝統工芸から現代美術までさまざまなジャンルにわたる創造と創作の発表の場として平成7年に発足しました。

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将門神社、将門の井戸~静かな風景の中にある将門伝承の地~

【将門神社】
戦没した将門の霊が遺臣らと手賀沼を騎馬渡り、朝日の昇天を拝したことから、その伝説の地に一宇(建物)を奉祀したのが神社の起こりと伝えられており、この日秀の地は、平将門に関する伝承を今に伝える市内でも特記すべき場所となっています。

住所:我孫子市日秀131

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【我孫子】志賀直哉邸跡~小説『和解』『城の崎にて』『小僧の神様』『暗夜行路』執筆の地~

志賀直哉邸

志賀直哉は武者小路実篤とならんで白樺派の代表的作家(人呼んで「小説の神様」)として知られています。我孫子には友人の柳宗悦に誘われて大正4(1915)年に移住しました。

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【我孫子市】嘉納治五郎別荘跡~我孫子を別荘地としていざなう立役者~

嘉納治五郎別荘跡

嘉納治五郎は一般には柔道の始祖、講道館の設立者として著名ですが、文部省参事官、高等師範学校校長といった教育者としても多大な功績を挙げました。

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【我孫子市】嘉納後楽農園跡~柔道の創始者であり、教育者、国際オリンピック委員~

案内板

 

嘉納治五郎は万延元(1860)年、兵庫県に生まれました。柔道の創始者(講道館初代館長)であり、東京高等師範学校(のちの東京教育大学)の校長となるなど、教育者としても知られています。

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【我孫子市】武者小路実篤邸跡~白樺派創設者であり、『日本武尊』『AとB』執筆の地~

武者小路実篤邸跡(敷地内は非公開)

武者小路実篤は明治18(1885)年、父・武者小路實世(子爵)、母・(勘解由小路)秋子(なるこ)の子として生まれました。

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【我孫子市】血脇守之助碑

~日本の歯科医療の重鎮であり、野口英世の師~ 

血脇守之助は明治3(1870)年、我孫子宿にあった旅館「かど屋」の加藤家に生まれ、のちに養子となって血脇家を継ぎました。

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【我孫子市】バーナード・リーチ碑

~英国の陶芸家であり、民藝運動を世界に紹介~ 

バーナード・リーチは明治20(1887)年、香港で生まれました。

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