●なかむら先生の「里山海からの通信」39

子どもの自然欠損障害

自然欠損障害は、アメリカ人のリチャード・ルーブが、2005年に出版した「Last Child in the Woods」の副題に使われたNature-Deficit Disorder を翻訳家の春日井晶子さんが訳した言葉である。

そのなかでルーブは、子どもたちに増えつつある注意欠陥・多動性障害などの精神的また身体的問題は、自然体験の不足が大きな原因であり、その背景としてコンピューターゲームの浸潤や危険だとして子どもを自然から遠ざける大人達に問題があるとしている。そして特に、日本の子どもたちの閉じこもり状況や生き物までカード化している日本製ゲームについてもその問題を指摘している。

私もこれまでに自然・生命体験の重要性と子どもの遊び事情として「三間(さんま)」すなわち空間、時間、仲間が失われている状況などを述べさせて頂いた。自然のなかでの五感体験は、脳の神経伝達回路をつくるのに重要であり、「三つ子の魂百まで」と言われるように特に感性を育む幼児期には、神経細胞をつなぐシナップス保持のためにも必要不可欠と考えられる。まさに自然体験は必須栄養素であり、不足すれば身体が壊れてしまうのである。

かつての文部省の調査では、自然体験の少ない子どもは、道徳心・正義感が減少するという実態が示されている。また現在の日本の小・中学校生の6%以上が学習面や行動面で著しく困難であり、また一学級2〜3人は特別な学習支援が必要とされている。さらに日本人15歳が孤独と感じる率は世界と比べて突出して高い約3割という。このような子どもたちの実態を知るにつけその異常さに驚かされる。最近では、転ぶ時に手を出せないで顔面を打ってしまう子や、食べる本能までなくしたのではないかと思われる幼児もいると聞く。

哲学者の内山節さんは、「里という思想」の著書のなかで、「人間は長い間、自然とのかかわりを媒介にしてつかんだことを、精神の保護膜にしながら暮らしてきた」と述べている。まさに「精神の保護膜」がつくれなかった、いや、つくらせてもらえずにむき出しの状態にさらされている子どもたちに心と身体の障害が広まっているのは明かである。
(千葉県立中央博物館・生物多様性センター 中村俊彦)

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