No.13 意外な提案



No.13 意外な提案

虐待?拷問?そんな日が続いた。2週間経ったある日、突然「外に昼飯を食べに行きます」と車椅子が運ばれてきた。

着替えにと、ジーパンとスニーカーとTシャツを渡された。前開きのパジャマなら着替えられるが、まだTシャツに着替えたことがない。どうやって着替えるか試されている。左手を使って、麻痺している右手を袖に通すと、楽に着替えられた。

寿司屋の前に着き「さぁ、立って歩いてください」。といっても、手を貸してもくれなければ、杖も無い。10歩もない距離だが、一瞬立ち尽くしてしまった。それでも独りで17歩目に敷居をまたぎ、やっとの思いで、カウンターの前にたどりついた。

なんと用意されていたのは「ちらし寿司」。箸なんか使えるはずが無いのに。すると、若いWがもぞもぞと細い棒状のはさみのようなものをカウンターに置いた。スプリングが付いている。箸の補助具だと直感で分かった。ここまできてリハビリかと怒り半分、情けなさ半分、しかしここは我慢だ。30分もかからず食べ終わった。味は分からなくても、目は十分に楽しんだ。

これを機会に、リハビリのある日は外での昼食が恒例になった。しかしいつも箸を使うメニューしか頼んでくれない。そば屋、ラーメン屋、とんかつ屋、定食屋、ファミリーレストランなどへ通い続けた。

食べ物を飲み込む時にのどに違和感があることに自分でも気が付いた。水やコーヒーなどを飲むと、むせる事が何度かあったが、普通の食事を飲み込む時はかなりむせる。

のどにも麻痺があるのだ(そのためか、現在でも声を出して歌が歌えない)。嚥下障害(飲み込む力が弱い)、があるので咀しゃく回数を増やす必要を指摘された。これは今も習慣になって続いている。

リハビリが始まって約1カ月後、ドライブに出掛けた。着いた先は九十九里海岸、昼食後に地獄の扉が開いた。砂浜の散歩・歩行訓練が始まった。砂浜は傾斜がある、凸凹もある、室内や道路と違い下が柔らかで不安定、砂に足が沈み、バランスがとれない。

20m位の距離を何往復もする。たったこれだけの距離を大きく肩で息をしながら3~4回休み、同じ回数だけよろめき、手を借りて歩く。全身汗びっしょりだ。その後、九十九里には毎週くる羽目になってしまったが、この浜辺での歩行訓練は後々街中を歩く時に大いに役立ってくれた。

 「これからは電車での移動は難しくなりますね。車を運転して、積極的に外へ出て、新しい生き方を見つけないと」。リーダー格のYは自動車の運転の練習を提案してきた。考えてもいなかったことだ。

意識が戻った私に、院長が最初に言った言葉「元の体に戻るのは難しい、問題を抱えた体とうまく付き合っていかないとダメですよ」を思い出した。

「東葛まいにち」2009年11月11日号掲載


                                                  

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カテゴリ: 今ここに在る命

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