1 介護ベッドが届く



1 介護ベッドが届く

やっとベッドの組み立てが終わった。

重い物を持てない私のために手伝ってくれる友人たちの時間と私の予定がうまく調整できなかったり、雨に邪魔されたりと延び延びになって、話が出てから2カ月近くも経過した。

庭の物置から出してくるだけのことなのだが、上半身を電動で起したりできる「介護用ベッド」のためかなりの重量。

この介護用ベッドは母が乳がんで入院後、退院する時に購入したもの。それを今度は私が使用することになる。部屋には立派すぎる木製の机と椅子もあるが、いまだに右半身をかばう癖が治らずに、長い時間同じ姿勢を保つことが苦痛。現に右手足の血行は悪く夏でも冷たく手袋、靴下を欠かすことができない。

脳の再生・活性・老化防止をも兼ね、昨年の10月から大学3年生に編入し、通信教育で社会福祉学科の勉強に挑戦しているため、専門書を読んだり、レポートを作成したりと机の前に長時間座ることが必要になった。にもかかわらず、それがなかなか難しいので、気分転換を図るために図書館などを利用していた。

これでやっと好きなときに自宅で本を読むことができる。上半身を起し、ソファーのようにすれば体も楽になり、「半日くらいは本が読めそうな気がする」とワクワクした。

毎朝4時から約1時間の歩行訓練・リハビリの散歩を欠かさない。だから、午後は睡魔に襲われることも多く、これで気軽に仮眠もできることは、「体調維持にも役立つ」とうれしくなった。


1999年のある日突然、母親(84)が「ぶつけた記憶もないけれど、胸の黒いあざが消えない、見て欲しい」と訴えた。見ると右の乳房の上が黒く変色している。直感で「乳がんだ」と察し翌日、20年来通院している国立病院に連れて行き、診察を受けた。

担当医は一目見るなり、「乳がんが破裂寸前です。直ちに手術しましょう」。3日後に手術することになった。その時はまだ母親も元気で歩くこともでき、外出もしていたが高齢でもあり、必ず誰かが介助に付いていた。

しかし、薬の副作用によって足の筋肉が萎縮し始め、歩く時に痛みを伴うようになり、ベッドの上の時間がだんだん多くなり、ついには本格的な介護を必要とするようになった。

家庭での介護では限界もあり、心配で施設にお願いすべく、手当たり次第に訪ね、見学し、利用者の家族の意見なども聴き、大いに悩み迷ったが、安心してお願いできる施設が見つからない。

それにしても、毎月定期的に検診を受けていたのになぜ、「破裂寸前」の手遅れの乳がんが見つけられなかったのか。そして副作用による筋肉の萎縮・・・。私の中で病院と医師に対する不信感が募ってきた。
そして、この出来事が私のその後の人生を大きく変えることになった。

「東葛まいにち」2008年7月23日号掲載


                                                  

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