2 突然の異変



2 突然の異変

乳がんの手術をした母は、認知症で昼夜逆転して、寝たきり(3年間)になってしまった。5年間の在宅介護の末、黄泉の国に旅立ったのは2003年の8月だった。

3年も続いた睡眠時間3時間の生活は、私の体の奥深くに体内時計を刻み込んでしまっていた。一度セットされた時間のサイクルは、リセットできず悩んでいた。年末まで休みが取れず、何の予定も入れず自宅でくつろいだのは大晦日と年明けの2日だけだったので、3月7日(日曜)は久し振りの休みだ。

11時過ぎ、ほぼ煮詰まったプロジェクトの最終打ち合わせに、先方の担当部長M氏が自宅に訪ねてきた。やや緊張した面持ちで「事務所か社長の車に盗聴器が仕掛けられ、プロジェクトの内容が外部に漏れている疑いがある。機器を借りてきたから調べてみませんか」と衝撃の内容を告げた。そこで彼の車で20分ほど離れた事務所に移動することにした。

事務所に着くと、すぐに機器を取り出し、不審な電波の存在を調べ始めた。盗聴器が設置されていた場合の事を想定し、手振り身振りと筆談で連絡を取り合った。

私は椅子に座り机にひじを付き、彼の動きを目で追っているだけだ。
 ―それは突然ビリッと来た。電気のコンセントを濡れた指で触れてしまった時に感じるものより軽い感じだ。一瞬、何が起きたか理解できなかった。
「何か触ったかな」
「何もしてないはず」

彼の背中に声をかけた。が、声が出ない。「何かおかしい」と訴えたが、振り向いてくれない。体が動かない。
彼の背中がぼやけ、暗くなっていったのだけは覚えている。それからは何も覚えていない。

後日、Mが話をしてくれた。彼は壁の方を機器で調べながら声を掛けたが返事が無かったので、振り返ったら、私が机に突っ伏していたそうだ。3時間の睡眠時間や休養が取れていないことを知っていたので、疲れているのだろうから少し寝かしてあげようと考えた。

15分位そのままにしておいたが、彼は自分の母親が脳梗塞で倒れた時のことを思い出し、私の肩に手を置き、声を掛けた。しかし、反応がないのを見て(これは尋常ではない、動かしたら駄目だ。救急車を呼ばなければ)と思ったという。

事務所の向かいの民家に飛び込み、事情を説明して事務所の住所を聞き、救急車を呼んでくれた。


――虫の鳴き声が遠くに聴こえている。ここはどこだ?どこにいるんだ?
……人の声だ。  

目を開けると、医者の、妻の、子供の顔があった。
「気が付きましたか?これから病室に行きます」
「そうだ、病院だ。何があったんだ」
ストレッチャーで病室に運ばれ、ベッドに移される。自分の体の感覚が鈍い。

声にならない、右腕が重い、動かない、みんなの声がよく聞こえない。何が起こったのか分からない。

しばらくして、医者が部屋に来て「脳梗塞です、右半身の麻痺と言語障害があります。詳しい説明と治療法は明日話します。今日はゆっくりお休みください」と言い残し出て行き、入れ替わりに看護師が検診にきて、点滴をして出て行った。

誘眠剤でも入っていたのか、その後のことは寝入ってしまって何も覚えていない。

気が付いたら朝になっていた。4時過ぎだ。まだ暗い中で体の状況を恐る恐る確認し始めた。声を出してみる。「あぁ、うぅ」言葉にならない。

「東葛まいにち」2008年8月27日号掲載


                                                  

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