2009年 飛躍した陸上障害高校生選手
好川敦基選手(中央学院2年)
染谷滉二選手(西武台千葉3年)
好川敦基選手(中央学院2年)
「今年はインターハイで日本人1位を目指す」と力強く飛躍を誓う好川敦基選手(中央学院2年)は、陸上の関東高校新人大会3000m障害競技※で9分34秒02の記録を出し、初優勝に輝いた。
強風の中での大会だっただけに、ベスト記録は更新できなかったものの「関東はタイムを狙ったが思うように伸びなかった。けど、優勝はうれしかった」と目を細めた。ちなみに、同大会で東葛勢の優勝者は好川選手のみ。
我孫子中時代はサッカー部に所属、3年の時東葛駅伝走者の一人として6位入賞に貢献した。高校入学後、「走ることが好き」でも、「長短距離は自分の適性にあっていない。中距離が一番自分の力の出せる種目」と自分をしっかり見据え、森道仁監督のアドバイスの下、障害競技を選択した。
1年の県新人は12位、2年になって春の県総体11位と振るわなかった。
もともと体質らしいが貧血が彼の邪魔をしていた。そこで、貧血でも頑張りきれる体作り、鉄分や鉄を吸収する野菜などを多く取れるような食事の改善をした。
その結果、「貧血に良い物を食べているし、これなら大丈夫」と気持ちまでが前向きになったという。そして3ヵ月後の県新人大会で見事、自己ベスト記録9分29秒を出し、初めての優勝を手にした。
森監督は「障害はセンスが必要。彼は恐怖心が無く、レースで緊張しないし、冷静にレースを進めていける選手。大きな大会になるほどモチベーションが高くなる。結果を出すために、練習だけでなく普段の生活を含め、自分がどうあるべきかを重視する選手」と絶賛する。
染谷滉二選手(西武台千葉3年)
昨年、石川県で開催された日本ジュニア・ユース陸上選手権大会男子2000mSC(障害)で、西武台千葉高校3年染谷滉二選手(川間中出身)が5分56秒31のタイムで優勝した。
高校の規格は3000mSCが通常だが、この大会は世界ユース陸上選手権大会代表選考を兼ねていたため、世界規格の2000mSCで開催された。
染谷選手は3000mSCでは、2年、3年ともインターハイの県予選で優勝。3年次は関東大会で3位に入賞してインターハイ出場を果たした。
小学4年から陸上部に所属、中学では長距離を走ってきた。「開花したのは高校からだ」と言う。「そもそも障害は高校からの種目だが、入学時からバネのある選手で資質は感じていた」と、指導する斉藤久典監督の下、練習を重ねてきた。
「練習時間や距離が増えるというよりは礼儀や感謝の気持ちなど、基本的な生活習慣を身に付けさせ、精神的な質を上げる指導をしている。特に長距離においては、その精神力が苦しい時に発揮される」と斉藤監督。
それに対し染谷選手も「中学に比べ、高校ではあいさつから始まり、基本的な陸上への取り組む姿勢が違った」と話す姿勢に成長した姿がうかがえた。
卒業後は陸上の名門、駒沢大学へ進学する。「オリンピックが目標です」染谷選手は夢に向かって歩き出した。
※障害競技は、トラック上にある平均台に似た形をしたハードルと同じペイントをした物(高さ男子91・4cm、女子76・2cm)と水濠(一番深い所で0・7m、長さ男子3・66m、女子3・06m)を跳ぶ。
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2010年01月06日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |
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