「東京2020」それぞれの距離感



「東京2020」それぞれの距離感

webそれは春の麗らかな日差しが眩しい日立台だった。

「自分は『上の世代』に食い込みたい。昨年末にU‐23日本代表へ予備登録してもらえた時に、『見ている人はいる』って思って。リオと東京の五輪に出場したいです」中山雄太選手がまっすぐな眼差しでそう口にしたのは、まだレイソルでの試合出場もままならず、折しも東京五輪世代の精鋭たちで組織されたU‐19日本代表に招集された3月初旬だった。

U‐19代表での中山選手は、CBとボランチをこなすキャプテン。それでも「4年後も代表に残れる保証はないですよ」と謙虚だった。だが、「上の世代」であるU‐23代表入り、リオと東京、2つの五輪出場という夢を初めて公言した。

その後下平隆宏監督による抜擢に応え、レイソルで頭角を現した中山選手は、CBや左SBとして数多のアタッカーと対峙。Jリーグに在籍する19歳の選手としては抜きん出た経験を積んでいる。その躍進を支えた要素の1つが「リオ五輪へ」という強い気持ちだった。
だが、それから約4ヶ月後の7月1日。リオ五輪サッカー日本代表メンバーの中に、中山の名は無かった。

「悔しさはありますが、東京五輪へ気持ちを切り替えました。絶対に出場したい。いつか『中山をリオへ連れて行くべきだったよね』と言われる選手になります」悔しさを滲ませながらも、まっすぐな眼で語った決意。「残れる保証はない」と言っていた中山選手はもういなかった。今季、強く着実に歩んできた中山選手の新たな決意には言い知れぬ説得力が宿っていた。

その中山選手に続くように、東京五輪出場を公言した選手がいる。育成組織・柏レイソルU‐18所属のDF古賀太陽選手だ。

今季はトップチームでもベンチ入りを果たし、U‐19代表合宿も経験。7月下旬には晴れて「第2種登録選手」となった。リオ五輪真っ盛りの8月にはU‐18代表へ招集。日の丸入りの青いユニフォームでSBSカップ(静岡)を戦った。

「今回の招集で『東京五輪へ出たい』という思いが強くなりましたし、年代別代表に絡める状況を無駄にはしたくない」
静岡での大会中には遠いブラジルで日本のゴールを守った中村航輔選手の勇姿をその目に焼き付けていたという。

「日頃一緒に練習をしている航輔くんが五輪で戦っていた事実が、『自分にも可能性があるんじゃないか?』という気持ちへ繋がっていきました。道は甘くはないですが、自分もそんな存在になりたい」
自らの野心に気がつき、纏う青いユニフォームも重みを増した。そして、古賀選手が追い求めるイメージはすぐ側にあった。

「必ずトップへ昇格して、1年目から雄太くんのように結果を残したい。チームも1年目から戦えるように、第2種登録という機会を自分に与えてくれました。その決断に応えたいですし、自分が変われる機会だと思っています。それは今の自分に必要なものやお手本、成長させてもらえる環境が柏レイソルにはあると信じているからです」

中山選手と古賀選手がそれぞれの決意と距離感で捉える「東京2020」。プロ2年目の新星と第2種アマチュア登録の高校3年生、現状の立場は異なる。「自分は太陽の次で構いませんよ(笑)」とうそぶいた中山選手だが、その未知のステージへ向けて、2人に求められることを代弁してくれた。

「結局はチームや個人の目の前の課題と向き合って、その1つ1つを乗り越えなければ辿り着けるわけがない。だから、その階段を一段ずつ、精一杯上っていくことが『2020年の自分』に繋がると思っています」

その歩みはもう始まっている。

 (写真・文=神宮克典)


                                                  

2016年08月31日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

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