九十九里海岸・一宮に世界のトップサーファーたちが集結「海のヒロイン」加藤志穂里選手



九十九里海岸・一宮に世界のトップサーファーたちが集結「海のヒロイン」加藤志穂里選手

File No.6 加藤志穂里選手(サーフィン)柏市出身

真夏に開かれる東京オリンピックでぜひ注目したい競技がサーフィン。地元千葉の九十九里海岸・一宮で開かれる。ここは、日本屈指のサーフィンのメッカで「波乗り道場」と呼ばれているサーファーたちの聖地。オリンピックでは、世界のトップサーファーたちが集結する。

File No.6
加藤志穂里選手(サーフィン)

「海のヒロイン」が生まれるまで

小麦色の肌、少しウェーブのかかったロングヘア。笑顔がチャーミングな加藤志穂里選手は、2016年全日本サーフィン選手権で優勝し、海のヒロインの栄誉を勝ち取った。
柏市豊四季で育った彼女は、幼い頃から家族で海に行くことが多かった。中学生だった弟がサーフィンをやっている姿を眺めながら、「自分もいつかやってみたい」とサーフィンに憧れを抱くようになる。

「波乗り道場」九十九里海岸で波に乗る加藤志穂里選手

満を持してサーフィンを始めたのが21歳。「初めてボードを持って海に入ったときは、今までやってきたスポーツの中で一番難しい」と思った。しかし、初日からサーフボードでパドル(波を手で漕ぐ)することができ、一緒に行った仲間からは「筋がいいね」と褒められる。
その時、「サーフィンは自分に合っているな、できそう!」という手応えを感じた。海が好きで、波に乗るサーファーの姿を見ていたので自然とイメージトレーニングをしていたのかもしれない。

大学時代にサーフィンに目覚めた彼女だったが、卒業後はインドネシアのジャワ島に渡り独学で勉強したインドネシア語を生かす通訳として仕事をする。インドネシアと言えば、サーフィンのメッカでもあるが、仕事をしていた4年間は海とは離れた生活。仕事に没頭していたものの日本の海への、サーフィンへの憧れが消えずに、帰国。それからは、試合へも積極的に出場するようになる。

時代のムーブメントだったサーフカルチャー

アメリカ西海岸やハワイが発祥の地といわれるサーフィンは、音楽、ファッション、生活など人々のライフスタイルや文化を生み出した。時代の波を象徴するムーブメントでもあり、日本でも「サーファー=かっこいい」と定義されるようになる。

加藤選手はサーフィンの魅力をこう語る。
「サーフィンは自然にできた波に乗って、自分がイメージしている技ができた時が楽しい。他のスポーツにはないメイクできたときの喜びが大きいです。海に浮いているだけでも気持ちいいし。海で見る日の出もいいけど、私は景色がオレンジ色に染まるサンセットが好きです」
ウィークデーは、柏から都内の豊洲まで通勤し、週末は九十九里のアパートで過ごす。朝目覚めたときから、スマホのアプリで風を読みサーフィンのベストポイントへ向かう。アパートでは、家族と過ごすこともあるし、サーファー仲間と波乗り談義をすることも。「九十九里エリアは、最近おしゃれなカフェやショップも増えているけれど、程よくローカルな所がお気に入りです」

加藤選手は、ショートボードを使い得意技は、波を背にして技を決めるバックサイド。波のきわどいところ、波が立って崩れるところを攻めるリッピングも得意で試合ではポイントの高い技だ。
「今年からプロツアーに参加してみようと思っています。もっと早くサーフィンを始めていればとか、10代や20代の子にはかなわないと思うこともありましたが、今は年齢に関係なくがんばろうという気持ち」

彼女のやる気を上げてくれるのが、コーチのプロサーファー浦山哲也氏。彼は、1998~2000年のグランドチャンピョンに輝いた実力の持ち主。「外国のサーファーたちに揉まれて武者修行して来い」と海外遠征の時も背中を押してくれる信頼できる存在だ。
「今までで忘れられない波は、インドネシアのスマトラ島のビッグ・ウェイヴ。サイズが大きくて上手く乗れたときはアドレナリンがでるほど嬉しかったです」(文=高井さつき/写真(上)=高井信成)

●かとう しおり/1986年生まれ、32歳。2016年全日本サーフィン選手権で優勝。得意技はバックサイド。現在は、ヨガレギンスブランド「リンダワークス」所属。身長163センチ


                                                  

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2019年06月26日 九十九里海岸・一宮に世界のトップサーファーたちが集結「海のヒロイン」加藤志穂里選手 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 夢に向かって~東京2020~ 東葛ニュース 連載記事

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