病魔と闘いながらも笑顔で傾聴ボランティア-柏市・早川かねさん

笑顔を絶やさない早川さん
長年、リウマチで苦しみながらも柏市『傾聴ボランティアグループ らびっと』で電話による活動を続け、人々に生きる力を与えている早川かねさん(72・柏市在住)。「落ち込んだらだめだと思う。笑顔でいれば人が近づいてくれ何とかなる。一日でも長くこの家に居たいし、トイレに行く足だけは確保しておこうと思う」と、満面の笑みを浮かべた。
早川さんは結婚を機に柏市桜台に移り住んだが、周りは田畑が広がり辺ぴな所、夫は3カ月から1年と長期の出張で留守がち、大勢の家族の中で育った早川さんにとって一人の生活は耐え難いものだった。「会った人は大事にしたい」と道路に出て、会う人会う人に声を掛け寂しさを紛らわせ、夜は怖くて眠れず明け方から眠りに着いていたと振り返る。
42歳の時リウマチが発病。股関節、両ひざ、右腕の関節などが次々に冒され7回の手術に耐えたあげく、脊柱管狭窄症、緑内障など、数え切れないほどの病気を体験。さらに数年前、合併症のシェーグレン症候群(涙や唾液の分泌が低下する病気)、次に線維筋痛症(全身のあらゆる場所で激しい痛みが発生する)とさまざまな病魔と闘ってきた。
一時は歩くこともできなくなった。だが、ただひたすら「自分の足で、2本の足で歩きたい。車椅子の生活はしたくない」と、歩行器(介護用・両腕を乗せる)を使い歩き、リハビリにも精を出し、自分の体に鞭打った。
うまく病気と付き合う方法も見つけ63歳の時、「何かやれることはないか」と歩行器で意気揚々、「英会話教室」の門を叩いた。ところが、一歩入ると日本語は一切使えない。できない恥ずかしさで体はガチガチ、汗はだらだら、何も話せないまま時間が過ぎるのを待った。
さらに、「その年齢で、その格好で、私だったようこられない」の一言にも傷つき、「もう行かない」と心に決めた矢先、「絶対にやめないで、来ていればプラスになることがあるから」と何人かが励ましの電話をくれた。そして次の回、タクシーで迎えに来てくれた。それからは「楽しもうと開き直り」、終わるとお茶とおしゃべりに花が咲いたという。「友達が自分を外に出してくれた。病気の人と話をすることが心の安らぎだった頃に比べ、まるで違う場所に行ったというこの経験は、今、誇り」と言う。
手術した日の夜は近所の人が付き添うなど、その時々に友人や近所の人に助けられ、「ありがたさが身にしみた」と言う早川さん。「友人のおかげで2人の子を産み育てた。遠くの身内よりも、近くの他人。ひたすら大事にしようと思った。ここまでこられたのもみんなのおかげ。私に何かできることはないか」と探した結果、やっと見つけたのが傾聴の会だった。
「私は幸せ。自分の意志で動くことができるんですもの。話ができているこの時間が幸せ。痛みは自分でしか分からないから、自分の受け入れ方しだい。不自由と思ったら省エネ生活ね」と少女のような笑顔を見せてくれた、まさに痒いところに手が届くような、工夫を凝らした、すっきりした台所が印象的だった。
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2009年11月11日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |
カテゴリ: 柏
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