伝統の放鷹術を守る 鷹匠・森谷幹夫さん

伝統の放鷹術を守る 鷹匠・森谷幹夫さん

鷹匠伝統の衣装を着けて実演する森谷さん

鷹匠伝統の衣装を着けて実演する森谷さん

野田市在住の鷹匠(たかじょう)、森谷幹夫さん(53)は、伝統ある「諏訪流放鷹(ほうよう)術保存会」の副理事だ。

森谷さんと鷹匠の出合いは、子供の頃に見たテレビ番組「老人と鷹」だった。「鷹が兎を狩るという内容は、鮮烈な印象が残った」。しかし、その後の人生に鷹とかかわることもなく過ごしてきた。

が、ある日、市内の猛禽類の鳥を扱う店「HAPPY FRIEND」(現在閉店)がふと目に留まり、自然と店内に引き込まれていった。

そこで「天皇と鷹匠」という本を紹介された。それに心が動かされ2003年春、17代の門下生として入門。秋には鷹匠補そして、07年1月28日、見事鷹匠になった。現在会員中鷹匠は5人、鷹匠補は1人、門下生が数人の構成だ。

鷹は、一度覚えさせたら記憶する動物と違い、調教は毎年ゼロからのスタート。10月頃から「鳥屋出し」をして鷹に足皮をつけ、2週間の断食をさせる。「詰める」と呼ばれるこの断食で「夜据(ヨズエ)」と言われる鷹を腕に乗せることができる。3月位までが管理期間、鷹匠の指示を聞く期間になる。つまり、餌の量を管理し、飢餓状態に置くことで人への恐怖が抑えこまれ、素晴らしい技を見せてくれるようになる。

だが、4月は翌年生え変わる羽のために栄養を摂らねばならず、「鳥屋入り」する。そうして満腹状態になると、人を怖がる野生の状態に戻る。鷹匠は毎年この調教のサイクルを繰り返す。

「まさか自分が鷹匠になるとは数年前まで思いませんでした」と森谷さんは偶然が生んだ出合いを振り返った。また、「野田の住宅地では、調教中の飢餓状態の鳴き声が大きくて困るのと暗闇の確保が難しい」との悩みもある。だが「1600年の伝統を繋ぐ鎖の一員であるという重み。生きたハトやツグミを餌とする命のサイクルを知った。そして何より実演会で技を見てもらい、喜んでもらえることがうれしい」と話す森谷さん。野田・清水公園でも昨年から実演会を行っている。
15年の日光東照宮400年祭には世界の鷹匠の「鷹と鷹匠の祭典」が行われる予定。

▼問い合わせ TEL:090~9308~5210 同事務局大塚さん


※「放鷹術」とは、鷹に鷹匠の訓練調教によって獲物を狩らせる技。
「網懸」(あがけ)と呼ばれる成鳥を調教する〝諏訪流″と、「巣鷹」(すだか)と呼ばれる雛からの調教をする〝吉田流″の二つがある。

成鳥は自然界で獲物を捕る技術が備わっているが、人に慣れにくい。
ひなからの調教は獲物を捕る技術はないが人に慣れやすく、更に教えれば自然界にはない獲物も捕ることができる。

「諏訪流放鷹術保存会」は信州諏訪大社贄鷹の神事を執り行った徳川家直参鷹匠であった小林家を基としている。その鷹匠の江戸文化の伝統を継承し、技と心を次世代に伝えるために、06年に設立された。
諏訪流の系譜は、宮内庁へ雇用された14代に実子がいなかったために、高弟15代、16代へと引き継がれ、戦後、公式放鷹が中断された現在は、民間人として初めて継承者となった17代田籠善次郎氏がその保存に努めている。

                                                  

2009年11月11日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 野田

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