東葛駅伝の思い出



東葛駅伝の思い出

◆東葛中学駅伝発足の下地は古くて、戦前から盛んだった青年団の町村対抗駅伝大会が、戦争で中断。それが1947年に再び、同好会組織・野田体育会の発足を記念して、野田~関宿間往復の「旧制中学駅伝大会」が行われた。

翌年48年、新制中学設立と野田体育会が体育協会に衣替えしたのを機に、第1回大会が行われ、10町村から12チームが参加。野田・福田中(当時福田村立)が初代優勝校だった

◆2回目からは18チームに増え、コースも野田~松戸間へ延長、東葛地方全域の大会へと歩み始めた。5回大会からは野田市と松戸市を1年おきにスタート、ゴールの交互にすることになり、大会の主管事務も同様に担当するようになった

◆歴史ある大会だけに、東武野田線踏切で、選手と電車が偶然一緒になったため、駅長さんが電車を止めて誘導し、乗客は窓から手を振って応援したというエピソードもあり、当時の喉かな風景が蘇るようだ

◆今年で67回を迎えた。10年前に柏・酒井根中が優勝した時、ゴールのテープを切った中野直幸選手が今は柏・田中中の監督だった。思わず当時の新聞を開いた。10年ひと昔、懐かしかったが、それだけ歳取ったと何とも言えない気持ちにもなった。

「東葛まいにち」2013年10月30日号掲載


                                                  

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