天才将棋士、関根金次郎



天才将棋士、関根金次郎

関宿城将棋大会参加者募集

web みなさんは、関根金次郎という人物を知っておられるだろうか。この東葛地域に長年住んでいても意外とご存知ない方が多い。ところが、坂田三吉を知っているかと聞くと、かつての日本の将棋界を代表する棋聖であることを、知っている方が少なくないのだ。関根金次郎とは、その坂田三吉を、対局において苦しめ続けた坂田にとってのよきライバル、お互いが勝ち負けを拮抗させた宿敵同士、つまり、宿命において坂田三吉という将棋名人をつくり上げた、近代日本将棋界にとっての立役者的な存在となっている。

その関根が生まれたのは1868年(慶応4年)4月のこと。生誕地はかつての下総国葛飾郡東宝珠村、現在の野田市東宝珠花である。

幼い頃より将棋ばかり指していたので、寺子屋もその後の学校もやめさせられ、あきれた親から奉公に出されたが、それでも目を盗んでは将棋ばかりしていたので長続きせず、奉公先を転々とさせられたという逸話が残っている。

後に十一世名人、伊藤宗印の門戸に弟子入りしてからは、めきめきと頭角を表し、次第に段位を上げていって、最終的には明治38年に、八段の準名人にまで昇りつめている。

ライバル坂田三吉とは、生涯において32度の対局となったが、その勝敗はなんと関根の15勝16敗1分だったというから驚きだ。まさに好敵手同士、そのお互いの切磋琢磨が互いにとっての刺激となり、結果として、日本将棋界の向上発展につながるものとなったとみて間違いのないところだろう。

 

関根金次郎

関根金次郎

後に関根は大正10年、53歳の時に十三世の名人位に就き、またその後において、現在の日本将棋連盟の前身となった東京将棋連盟の名誉会長に就任している。なかなかイケメンであり、浮名を流したことも無くはなかったようだ。指導将棋で謝礼を渡されたときに、冗談めかして「そんなことより、女をひとつ」と述べたという逸話も残されている。来歴をもっと詳しく調べるならば、その将棋人生にかかわってきた「人生将棋」の奥深さに驚かされ、人間としての器の大きさに心酔させられもする。

今回は、その近代将棋の父とも称される関根金次郎の遺徳をしのんで、将棋大会が野田市で開催される。現在、その参加者を募集しているので、将棋を愛してやまないおとなも子供もぜひ参加して、その偉業をたたえていただきたい。

関宿城将棋大会の内容
日時▽大人の部5月4日・子供の部5月5日各9時~。場所▽県立関宿城博物館(野田市関宿三軒家143‐4)。参加費▽大人の部1500円・子供の部無料(いずれも昼食つき)。

申し込み・受付4月5日(火)9時~、電話での申し込み・各64人(先着順)電話04・7196・1400(県立関宿城博物館)


                                                  

2016年03月30日 天才将棋士、関根金次郎 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

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