「チャンス」と「残像」と中川創の今



「チャンス」と「残像」と中川創の今

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 別れは突然やってきた。夏の訪れを感じさせる朝だった。中川創選手はその時をこう振り返った。
「報道を見て、最初はショックでした。だから、『これは事実なんですか?』って半信半疑で連絡をしたんです」
6月20日、中谷進之介選手名古屋グランパスへ移籍―。
中川選手はずっと中谷選手の背中を追いかけて来た。他クラブとは異なる個性を持った「レイソルのセンターバック」というポジションで、アカデミー時代は同じ背番号20と背番号4を付けた。試合前の集合写真の立ち位置だって真似をした。「いつかシンくんの横でプレーを」という大きな夢が中川選手を支えてきた。

 「一言でいえば、ショックでした。アカデミー時代からシンくんを自分のお手本としてきましたから。ずっとシンくんを見て、背中を追いかけて来たので。最後にシンくんからは『見てくれている人は必ずいる。創らしさを忘れることなく、毎日を大切に過ごして欲しい』と言われました」
憧れの中谷選手と同じチームに在籍し、ボールと言葉を交わし合う日々は半年間ほどで終わってしまった。だが、中川選手はそんなセンチメンタルな感情を一度心の中にしまって自分の今を生きている。

 「これからは自立をしなくてはいけません。プレーも選手としての振る舞いも改善していきたい。自分の中で明確になったのは『これはチャンスなんだ』ということ。訪れたチャンスをものにすることがどれだけ大切かはずっと聞いてきたことでもある。その最初のチャンスが今なんだと思います」
大きな身振りで声を張り上げ、練習着を汚した今夏の取り組みは実を結び、加藤望監督就任後の中川選手のベンチ入りの機会は増加。「チャンスを掴む」前の段階にいる。その歩みをまだまだ止めるつもりはない。中川選手は包み隠すことなく、自らを突き動かすその熱い大志を口にした。

 「きっと、シンくんの『残像』というものがサポーターの中にあるはず。今後、自分にはそれを上回るインパクトを残していくことが求められますし、年齢やキャリアも関係なく、『やるべきことをやれる選手』になって、鈴木大輔さんやシンくんが築いてきてくれた『4番』の系譜を自分が担いたい」

「憧れ」の存在は今は目の前にいない。今度は中川選手が自分の手や足、すべてを使いその場所に立ち未来を紡ぐ番だ。

(写真・文=神宮克典)


                                                  

2018年07月25日 「チャンス」と「残像」と中川創の今 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

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