友だちに「死ね」って叫んだ子に、母親は何と諭したらよいのか



友だちに「死ね」って叫んだ子に、母親は何と諭したらよいのか

孝くん(小1)の担任から母親に電話が入った。「孝くんが学校で女子に『死ね』と言った。女子とは関わりが濃いわけではない。『死ね』と言った理由を尋ねると黙り込んで答えようとしない。学校で話はしたが家でも話をして下さい」と。

母は驚き、僕に相談にきた。「喧嘩を仲裁するのと質が違う。人の生き死に関わる重大な説諭だから、まだ幼いが厳粛な態度で諭して下さい」と告げた。母は孝くんを座らせて「人に向かって言っては絶対ダメな言葉です」と繰り返し叱ったが、孝くんは「死ね」と言った理由は言えず小さな声で「シネ?」と首をかしげている。言葉の重さが解っていない。

そこで母は「孝くんはママにとって宝物で、大事な子です。孝くんが『死ね』と言った子のお母さんにとっても、その子は大事な子で宝物です。『死ね』と言うことをママは絶対に許さないし、孝くんが誰かから『死ね』と言われる事も、ママは絶対に許しません」と言うと泣き出し「学童保育に行った時3年生が言っていた。ボクも『死ね』と言われた。ボクも真似して言った」と泣きながら打ち明けた。

翌日、担任にお礼と「叱り諭した。〈3年生の真似をして言った〉については、それでも言ってはいけないと言い聞かせ、本人も納得している」と伝える。
すると担任は「3年の担任と相談して、本人同士を会わせて話し合いをする場を設けます(★)」と。母は慌てて「それはなさらないで下さい。本人は親と先生に知ってもらえたことでほっとしているようです。しばらく見守りたい」と伝え、担任も了解した。
これで一件落着だが何かすっきりしない。担任はどのように諭すかの助言はして下さっていない。撤回した(★)部分が心配だ。表面的な「ごめんなさい。もう絶対に言いません」で終わりにならないか、心もとない。

人間の生き死に、特に『死』については人間が決められる事ではない。天・神仏が司ること。この心髄は、幼い頃から家族の生活の中で心の奥底に育てていきたい。
孝くんが「死ね」と言った女の子にお詫びする前に、天・神仏に合掌して「ごめんなさい、人間が言ってはいけない『死ね』という言葉を言ってしまいました。許して下さい、もう決して言いません」と母と一緒に拝むことをしたい。


                                                  

2018年11月01日 友だちに「死ね」って叫んだ子に、母親は何と諭したらよいのか はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

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