一本の襷を繋ぐ意義 東葛駅伝



一本の襷を繋ぐ意義 東葛駅伝

第32回の様子
全52校が一斉にスタート

柏市陸上競技協会 佐藤信広会長に〝東葛駅伝〟(東葛飾地方中学校駅伝競走大会)にまつわるお話しを伺った。

教員になり、はじめて赴任したのが柏市立柏第四中学校。学生の頃陸上短距離の経験があったと言う理由で陸上部顧問になり、柏市立中原中学校校長として定年退職されてもなお〝東葛駅伝〟に関わり既に41年。
長い歴史のある「東葛駅伝」。赴任当初第32回大会(昭和53年)は地域の公立中学校が52校も参加する大きな大会とは知らずに後からそれを知りとても驚いたと言う。
昭和60年頃までは駅伝選手の横を顧問の先生などが自転車で伴走して付いて行き、選手に激を飛ばしていたそうで、佐藤先生も何度もコースを伴走したそうだ。

伴走をする選手が極度の緊張・脱水からか、足元がふらつきはじめた中継所を目前にして、倒れては声をかけ、倒れては声をかけ…を2~3度繰り返し、襷が次走者に渡った瞬間は今でも鮮明に覚えているそう。(※今は安全面から伴走はなくなっている。)
大会も今とは違い昭和57年までは、全行程が二部に分かれていた。一部は松戸市常盤平をスタートし柏市三小へ、二部は柏中前をスタート野田市中央公民館に行くル―トに分けられ、合計タイムで成績が決まっていた。(※年により野田スタートと松戸スタートが変わる。)

全校応援も半数近い学校で行われていた時代。ルートには各区間その学校の生徒も先生も選手たちに声援を送ったが、中には自転車で伴走する監督の先生に声援を送る人もいる地元ならではの大会だった。
各校、思い入れのあるお揃いのユニフォームを着て、10区間で襷を繋ぐ駅伝は、長距離の得意な選手が陸上部に居るとは限らず、素質を買われて野球部、バスケ部、サッカー部、時にはスポーツテストで声をかけられる生徒もいる。これは、昔と今とさほど変わってはいないだろう。

「大会が続く中、結果を出すことが問われるが、それぞれの事情の中で大会に参加し、一本の襷を繋いでゴールすることに意義がある。出場選手の力を発揮させるためには、補欠選手の絶大なるサポートがなくてはならない。選手は沿道を走れることに喜びを感じ、感謝を持って走り抜けてほしい」と語ってくれた。


                                                  

2019年09月25日 一本の襷を繋ぐ意義 東葛駅伝 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: その他の地域 東葛ニュース

トラックバック&コメント

まだトラックバック、コメントがありません。