No196 母娘関係



No196 母娘関係

第三者的に自分を見つめる

信じる、黙る、聴く、先回りしないことをSDKSと呼んで、思春期病対策としてお伝えしていますが、うまくゆく方とうまくゆかない方がいます。その両者の違いは何なのか、昨年からじっくり観察してきました。
それで分かったことは、母親自身がしっかり自立できているかどうかにかかっていること。表面上、上目線の言動を控え、子どもの価値観を尊重していても、親の心が変わらない限り、本当の実行は不可能であると思います。
ある母親の話。
「自分はできるだけ黙りたいと思っているのに、子どもにあれこれ言ってしまいます。色々と考えてみましたが、結局は子どもを何とかよくして、人から後ろ指を指されたくない、という思いであることに気づきました。特に、私の母親に認めてもらいたい、という思いが強かった気がします」
「それで、どうされましたか」
「母親の評価など要らない、結局、自分の行動を正しく評価できるのは自分しかいない、と気づきました」
「そんなことによく気づきましたね」
「先生に勧められた『私は私。母は母。』という本がずいぶん参考になりました」
「私は私。母は母」は、母娘関係に悩む方への福音書とでも言える本だと思います。「私と私。母は母。」が、それぞれが終止符で終わっているところに著者の意気込みが感じられます。要するに、母親から切れろ!と言う話なのですが、実際に実行するとなるとなかなか難易度は高いものです。実母が色々と関わってきたとき、どうしても過去のクセが抜けきれず、つい過去のままの対応してしまうからです。

ある母親の話。
「これまで実母が色々と干渉するので困っていましたが、そんな親の考えを否定することは、自分の価値観の押しつけに他ならない、と気づきました」
母親の誤りを指摘することは価値観の押しつけで、尊重には反すること。
この母親の気づきは、自分自身の行動を第三者的な目で見続けていることによる成果です。第三者的に自分を見つめることは、心の安定にも役立ちます。

次回は、「つき破れ」


                                                  

2014年05月27日 No196 母娘関係 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 思春期ブルー 連載記事

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