自閉症のある子への支援を考える 関心を持ち・好きになり・共に在る



自閉症のある子への支援を考える 関心を持ち・好きになり・共に在る

東京都は平成28年度から各市区町村公立小学校の幾つかに固定型の「自閉症・情緒しょうがい特別支援学級」を開設するという(開設の是非に論究するのは控える)。開設校の小林理人校長が4人の自校教員と「自閉症のある子の指導について話を聞きたい」と来園された。


◆自閉症のある子に初めて出会ったとき、僕を無視した、驚いた。その頃僕は教育という仕事に過剰な自信を持っていたので「俺を無視する子どもなんて許せない」と感じ教育的挑戦意欲が猛然と吹き出た。

◆70年代初め「自閉症児の担任の会」に参加して「カリキュラムが欲しい」と言ったら、平井信義教授が「なにもありません。現場の先生方の実践を待っています」と言う。

◆そんな中でも、自閉症のある子が好きになってしまったのは、あの❶澄んだ瞳・❷邪気のない動き・❸感情の見えない寂しさの3つに吸い寄せられたから。

◆マニュアル化された「教育技術」など役に立たない。教育技術は、後からついて来るもであって「初めに自閉症がある子への熱き精神ありき」である。教師が自閉症のある子をこよなく好きになり、一緒に生活・活動することを楽しむ。そこから自然と湧いてくる「付き合い方」の中で、その教師ならではの個性的な本物の教育技術が確立される。

◆自閉症には共通する状態像はあるが、 「自閉症スペクトラム」という考え方が登場したように、状態像は一人一人大きく異なる。健常と言われる子、A君とB君との個性差を「1」とすると、自閉症(同じ診断名)のある子、C君とD君との個性差は「10倍」くらいと考えて欲しい。

◆教師の性(さが)のようなものに「子どもの前に立つと教えたくなる」があるが、自閉症のある子に対した場合はそれを払拭する。指導の成果を期待したり、急いだりしてはいけない。大事なのは「今、本人が楽しんでいるか・満足しているか」の観点であり、教師も楽しさを共有することである。
多くの自閉症のある子との共在活動で得た経験や挿話を交えながら◆印の内容に触れさせて頂き「自閉症のある子の教育は、教育の原点である」を信じて教育を楽しんで欲しいと付け加えた。


                                                  

2015年10月28日 自閉症のある子への支援を考える 関心を持ち・好きになり・共に在る はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 子どもの広場 連載記事

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