学校・学級集団の属性が不登校を…人生における「不登校のステージ」を大事に



学校・学級集団の属性が不登校を…人生における「不登校のステージ」を大事に

親と子による不登校相談が増えている。僕は不登校になった原因を問うことを控えているのに、原因について涙しながら縷々説明する母が多い。
「なんで学校へ行かないのかさっぱり分からないのです。先生が怖いの?友だちにイジメられているの?勉強がわからないの?」と例を挙げながら問い質すのですが「そんなことはない」と全部否定します。
「じゃあ、どうして学校に行けないの?」
「自分でもわかんないの!学校や教室が嫌になったのかな…、学校が嫌いになったのかな?私には合わないみたい。ベッドの中で目は覚めていて、行かなきゃって思うんだけど身体が起きないの…。お母さんごめんね」と言うのです。
この母子の切羽詰まった哀れな会話をどう受け止めたら良いのか。これに類似するケースも多くなっている。 僕は近年、この〝原因不明の不登校〟こそが、全ての不登校の根底にあると推論している。
それは、無駄なく遊び無く、目的達成のみに機能するようつくられた学校・学級集団の持つ、不登校を誘発させる属性に因るものと考える。属性には、
○集団内部では→競争が起きる。序列が発生する。偏見・差別が見え隠れする。凝集力が高まり個性が潰される。規則が厳しくなり、えせ公平・えせ平等が叫ばれる。卑屈になる。異質を排除する。など。
○集団の外部に向かっては→覇権意識が強まる。敵対的になる。排他的になる。偏見・差別がまかり通る。など。これらが感受性の強い子の心を徐々に蝕んでいく。
茨木のり子氏は「…駄目なことの一切を、時代のせいにはするな。わずかに光る尊厳の放棄。自分の感受性ぐらい自分で守れ。ばかものよ」と厳しく、しかし親愛の情を込めて告げてくれるが、全国一斉学力テストの結果を、個人から都道府県段階までの順位にして公表し競争を煽る。その真っ直中にある学校・学級で、若葉ほどの育ちの感受性を守り切れない子ども・若者は少数かも知れないが居る。確かに居る。僕はその若葉を、老骨で微力な事は承知しているが、守りたい。育てたい。人の一生涯における重要な思春期と重なる『不登校のステージ』を発達課題と捉えそれを充実させることで…。


                                                  

2015年12月25日 学校・学級集団の属性が不登校を…人生における「不登校のステージ」を大事に はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

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