十歳までの子どもの叱り方 抱きしめて・両手を繋いで・お風呂の中で



十歳までの子どもの叱り方 抱きしめて・両手を繋いで・お風呂の中で

北海道と金沢市で続いて起きた、小2の子「山道に置き去り」事件はマスコミで知る限り、心理的恐怖を負わせた親の躾という名の虐待である。

当時、小学4年担任の僕の学級に、知的障碍も自閉性も重いT君が転入学した。

放課後、母親がT君を連れて教室にきて、児童机を挟んで向かい合い、話し初めてすぐのこと、母親の傍らで立っていたT君が、僕の掛けているメガネの蝶番に人差し指を入れ床に叩き落とした。一瞬唖然とした僕は、猛烈に腹が立って、椅子から離れて膝立ちになり、T君を力いっぱい抱き締め、ひげ面をT君のホッペにゴシゴシと擦り付けながら「俺は悔しい!俺の大事なメガネを叩き落とすなんて我慢ができねえ。悔しい!悔しい!…」と耳元で絶叫し、右手の平で腰のあたりをポンポンと叩いた。そのまま抱き締めていたら、固まっていたT君の体が柔らかくなり、僕に抱かれている心地よさが伝わってきた。

それまで「Tはメガネを掛けた方にお目にかかると、誰彼の区別なくメガネを落として困っていたのですが、先生に叱られてからは全くなりました」と母親は喜んだ。不思議なことにT君は、僕に体をすり寄せてくるようにもなった。

感情と本能と少しばかりの感受性の塊みたいな僕は、このような場面で見境がなくなる。善悪の判断は直感的に働くが、論理的な理性・思考などが欠落してしまい、叱りながら涙を流すことの多い教師だった。

メガネ事件の叱り方が是認されるとすれば、
❶即座にT君の全身を全身全霊で抱き締めている。
❷端的に僕の気持ちを言葉にして、圧倒的な大声で伝えている。
❸ほほ擦りや腰のポンポンは「大丈夫だよ」の合図である、など。
○簡単な内容・事柄で「叱る」場合でも、両手を繋ぎ見詰め合いながらがいい。
○理を尽くして説得したいことは、お風呂で一緒に湯ぶねに浸かる時がいい。

「褒める」も「叱る」も、親と子の心の絆を強める為にもある。「褒める」は、その行為自体が絆を強めるが、「叱る」は、それ自体は絆を弱める作用となりやすい。そこで、親は、自分をも叱っている共感状態の中で叱りたい。全身で強く抱き締めるのはその為でもある。


                                                  

2016年06月29日 十歳までの子どもの叱り方 抱きしめて・両手を繋いで・お風呂の中で はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 子どもの広場 連載記事

トラックバック&コメント

まだトラックバック、コメントがありません。