1952年頃の小学校6年生の社会科 日本国憲法と「三権分立」の授業風景



1952年頃の小学校6年生の社会科 日本国憲法と「三権分立」の授業風景

77歳になる小学生の頃の教え子I君は年賀に電話を掛けてくる。その時、話が広がり沖縄の米軍基地問題になった。「…知事の訴えはことごとく最高裁で退けられていますね。日本はどうなるのでしょう。『犬』が強すぎるのは危険ですね」「何?犬?」「6年生の時、犬猫鶏で三権分立を教えてくれたじゃあないですか」「ああ、そうだった。まだ、覚えていてくれたのかいハハハ」。
朝鮮戦争のさなかです。前年師範学校を卒業した19歳の照ちゃんはK小学校の先生になり5年2組を受け持ちました。翌年は持ち上がりで6年2組。先生と子ども達は仲良しでした。
その日の社会科は「三権分立」の学習でした。前の時間に、憲法に従って政治を『行う』=行政・内閣、憲法に従って法律を『作る』=立法・国会、憲法に従っているか『守る』=司法・最高裁判所の3つは学習しています。
先生は「ある生きもの好きなお家で、犬と猫と鶏を飼っていました。この3人(?)はいつもは仲良しですが、時々ケンカもしました。ケンカは毎回、犬は猫に勝って鶏に負け、猫は鶏に勝って犬に負け、鶏は犬に勝って猫に負けるのでした。さあ!この3人の内1番強いのは誰で、一番弱いのは誰でしょうね」と問いました。子ども達は「先生、もう一度ゆっくり言ってよ…。3人とも1回勝って1回負けているでしょ…。絵図に描くと解りやすいよ…。総当たり試合の勝敗表のようにしても解るよ」わいわいがやがや…やがて「勝率は3人共1勝1敗だから、誰が強いか誰が弱いか言えない。3人とも同じ」「そうですね。『三つ巴』とも言います。これが『三権分立』の考え方です。民主主義の政治は憲法に従って『行う』・『作る』・『守る』の3つの権力のバランスがとれるように考えられています…」権力の濫用を防ぎ、国民の政治的自由を保障するため、国家権力を3つに分けて独立させ相互に抑止力を持つ「三権分立」を一途に説く、怖さを知らない未熟な教師でありました。
行政の長の総理大臣が司法の長の最高裁長官の指名権を持つ!?これでは「自分の意に添わない人物を指名するはずはない」事にも気づけない教師でした。


                                                  

2017年01月25日 1952年頃の小学校6年生の社会科 日本国憲法と「三権分立」の授業風景 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

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