5 周囲への対応



5 周囲への対応

何人かに倒れたことを電話で知らせるよう指示した。会社の社員を含め数人に留めさせた。
しかしまだ、会う訳には行かない。知らせるだけだ。

妻の身内への連絡は認めたが、妹を始め私の身内への連絡は止めさせた。半年前に逝った母親の介護をめぐり絶縁宣言していたからだ。こんな時でさえ、私の怒りが収まっていなかったことに自分でも驚いた。

認知症の母親が近所の商店で高額な商品を次々と頼んでくるようになってしまい、あまりにも頻繁になったため、たまりかねて店に出向き「まだらぼけ」の事実を説明した。注文を受けたら、家へ連絡して欲しいと頼んで回った。

さらに万一の場合を考え、最寄りの交番と警察署に母の顔写真を添え、お願いをした。
何十年も住み慣れ、生活してきた地域、町会の役員の方にも理解してもらえるよう、事実を話してお願いして回った。

それが妹や親戚の耳に届き、凄い剣幕で非難してきた。
「親の恥を世間に広めて何がうれしいのか」「そんな親不孝なことをして・・・・」

まさに罵詈雑言を浴びせられた。私より妻や子供たちには一層激しかったようだ。

当時はマスコミの取材なども多数あり、介護問題の取材に対し「介護家族が精神的に疲れるのは、兄弟親戚の無理解です。時々、顔を出し非難だけして帰る」と言い切っていた。同じ苦痛を経験した多くの方々から励ましのコメントがたくさん寄せられた。

悲しむべきか、誇っていいのか、会社のことばかりが気にかかる。いくつかに分社独立させた会社は、それぞれが立派に経営していた。私が直接かかわっているのは二つしかない。しかも一つは半官半民のようなもの、それほど心配しなくても運営はできるはず。しかし、官庁の入札などは私の人脈がまだまだ必要だ。

(彼らは何とかやっていけるだろうか。どうするんだろう)
今は考えるのをやめようと思いつつ、それでも……と、頭の中は同じ所をグルグル回っている。

「東葛まいにち」2008年11月26日号掲載

                                                  

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