No.14 命懸けの運転教習

No.14 命懸けの運転教習

海辺の店の大きな駐車場での特訓が始まった。平日の午後とあって客はまばら、駐車する車もほとんどない。

「私が助手席に乗りますから。事故になったら死ぬ確率は私のほうが高いですから」とYに言われ、運転席に座り右足をアクセルの上に置く。

スニーカーを脱がされ、アクセルの感覚は分かる。しかし、踏み込んだつもりが踏み込めていない。足首の感覚が分からない。いすを前に出して、かかとを使い、足全体で踏み込む。アクセルから足を放すときは、障害物をまたぐように足を上げる。ブレーキは左足で踏む。これは難しくない。

こんなシミュレーションを何回も練習した。

いよいよエンジンをかける。ギアは一速、ゆっくり前進する。すぐにブレーキを踏む。アクセルの感覚が無いまま走るのは恐怖だ。脇の下や額から汗がしたたる。たかが10mだが、すごい経験だ。隣の彼も汗をかいている。

この日はこれだけで終わった。外の二人は、もしものときは車を止めようと、それぞれ角材を持って車の側に待機していた。病室での訓練にペダルを踏む訓練が加わった。

1カ月もすると九十九里の車のいない、波乗り道路を運転していた。命がけで助手席に乗ってくれたYのお蔭で人生が変わった。あのまま家に閉じこもっていたら、今日の私はありえない。

3カ月で退院する頃には、ゆっくりであれば10m、杖の助けがあれば途中で一休みしながら50m位は歩けるようになっていた。

食事も補助箸をうまく使えるようになり、周囲の好奇な視線を気にしなければ、時間は掛かるがほとんどの物を食べられるようになっていた。声が出るようになり、会話も不明瞭な発音ながら成立している。

しかし、字を書いたりはできない。排尿、味覚、嚥下などの障害は依然として改善はしていない。

最大の収穫は自動車の運転が可能になったことだ。無事退院し、1日おきの検査通院、マッサージ、1週間ごとの免疫治療も車だ。

リハビリに付き合ってくれた3人は最後まで厳しく、熱かった。「歩行訓練は人混みの中でして下さい。人の少ない公園はダメですよ」と最後のアドバイス。

大勢の人目を意識するため、姿勢を正して足を上げて歩くようになる。ぶつからないように意識して歩くのでバランスを保つ訓練になる。脳梗塞が再発して次に倒れた時、人通りの少ない公園などでは手遅れになり、死に直結すると。

「これから先は自分の力で切り開いてください、誰も手は貸せませんから」。自分の息子のような彼らはそう言い切って病室から出て行った。

退院してからの毎週日曜日は銀座にいた。コーヒーを飲みながら、さっそうと街を歩く人を眺める。4丁目周辺を中心に歩き、疲れるとウインドウショッピングのふりをして休む。歩行者天国は最高のリハビリ空間だ。

「東葛まいにち」2009年12月9日号掲載

                                                  

2009年12月09日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 今ここに在る命

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