No.17 記憶障害との闘い
この2、3年違和感を覚えてきたことがある。
車を駐車場から出そうと、キーを挿入したが、その先どうすればエンジンがかかるのかが分からない。
運転席で硬直状態でいると、係が飛んできた。出して下さいと催促されても、どうしていいか分からない。とっさに「気分が悪くなったから、代わって出して」とうまくごまかししばらく路肩に車を寄せて呆然とした。
ある時は自宅に帰る高速の出口が分からなくなり、水戸まで行ってしまったことも。決定的だったのは、ある会合の自己紹介の場面で自分のフルネームが出てこなかったことだ。
これまでも、いくら本を読んでも覚えられない。調べたはずの事柄が思い出せない。人の名前や固有名詞をほとんど覚えていなかったなどがあった。認知症の本を読みあさり、施設を訪問して認知症の人と会い自分と比較するなど、何度も何度も同じことの確認を繰り返し、目に見えて物事が消えていくことに不安に感じていた。脳梗塞が引き金の「失語症」「高次脳機能障害・記憶障害」の症状だと診断された。
この恐怖をごまかすために大学で新しい勉強を始め大学の通信教育の社会福祉学科3年に編入し、国家試験を目指す目標を立てた。
毎週、レポートをせっせとワープロで書き提出し続けたが、ことごとく不合格。
朝から図書館にこもり教科書、参考文献を読みまくりポイントをノートに書き写した。8カ月目にやっといくつか合格のレポートが戻ってきた。
合格した科目については、科目終了試験が受けられる。
また朝9時から5時まで科目試験受験勉強で図書館にこもる。
試験は3科目申し込むと、同時に3科目の試験問題を3時間(1科目60分)で解答する方法だ。
私は出来なくても必ず3科目受験する。麻痺した右手で字を書くのは他の人の何倍も掛かる。やさしい問題を選んで解答しようというもくろみは根底から崩れた。問題の意味すら理解できない。あんなに本も読み込んできたのに、専門用語が並ぶと全くお手上げだ。ほとんど白紙で提出。見事に3科目不合格。
2年目に入ると、レポートの合格も増えてきたが、相変わらず試験は難しい。試験問題さえ覚えていない状況では合格は無理だ。
しかし、09年5月頃から合格率が上がりそして8月、ついに奇跡が起きた。3科目とも合格の通知が来た。この2年間毎月試験を受け続けてきた成果だ。
試験会場では回数を重ねているので多くの受験生があいさつをしてくれる。福祉系や医療系の人達は「試験を受けることだけでもすごいこと。まして合格して卒業できたら快挙だ」とおだててくれた。
今でも試験は緊張する。答案用紙を前に漢字で名前が書けずに必ず、受験票を見て書いている。
その後は、レポートも2課題分再再提出。それを含めて試験も11月2回、1月1回の3科目残すのみ。これで合格すれば完
了だ。
11月の試験は2回とも合格。単位が足りていたことで最後の試験に挑戦することなく、3月に晴れて卒業できることになった。
悩み続けた1年半、思い切って正面から挑戦して2年半、「失語症」「高次脳機能障害・記憶障害」との闘いに希望が出てきた。
個人差は当然あるが、私の挑戦はまだ続く。
(完)
「東葛まいにち」2010年3月10日号掲載
2010年03月10日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |
カテゴリ: 今ここに在る命
トラックバック&コメント
まだトラックバック、コメントがありません。
