No180 心の目



No180 心の目

思春期病への対応として、子どもを信じることの有効性について何度も書いています。

信じるとは、たとえ親の価値観と違っていても、子どもの価値観を正当なものと尊重することと定義して、親の価値観で子どもを評価、介入、干渉しないことをお勧めしています。

親のスタンスとしては、これまでの子育ての管理、支配姿勢を極力排除するために、自らの上目線の言動考を点検する意識が役立ちます。
その点検のために一つの工夫があります。それは、いつも自分の言動考を見張っている心の目を作ることです。

私達の言動考のすべてが、自分の意思で制御できるなら点検など要りませんが、習性やクセのように「つい」してしまう言動考は気づきにくいので、後からでも、上目線でなかったのか懐疑的に点検できる目がほしいのです。

たとえば、「顔色悪いわよ、早く寝たら」など、なにげなく口にする言葉。優しい口調であれば、子どもは苛立つこともなく「そうしようかな」と答えるかもしれませんが、心の目があれば、(ちょっと待って、今の言葉は上から目線じゃないの。目上の人に使える言葉じゃないわよね)とチェックを入れてくれるはずです。

客観視する目、理性の目、三人称の目と言い換えることもできる心の目ですが、この目が開いていると、点検ばかりか、さまざまな問題に悩んでいる時、森の中で右往左往している自分を、森の外からも見られるようにしてくれる目にもなります。

自分の中だけで、いわば一人称の平面レベルで悩んでいたことも、もうひとつ三人称の次元を加えた空間レベルで見ることができると、何が問題なのか多様な理解が可能になります。

子どもの行動に納得がゆかず、動揺したり、不安になったり、混乱したりしたとき、その心の波立ちは親の価値観で子どもを見たゆえの結果であり、子どもは子どもの価値観に従って行動すればよいこと、と第三の心の目が開いてくれれば、心の波立ちの振幅を大きくすることなく、収束に向かわせることができるのです。

次回は「氷食症」。


                                                  

2012年12月12日 No180 心の目 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 思春期ブルー

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