No182 楽しいこと



No182 楽しいこと

ある母親の質問。
「思春期病の子どもへの対応について、あるところでは、『楽しいことをさせながら、信じて見守って』と言われました。また、あるところでは、『楽しいことをさせていてもよくならない』と言われました。どちらが正しいのでしょうか」


「楽しいことというのはどんなことですか」
「ディズニーランドや温泉などに連れてゆくこと、と言われました」
「気晴らしということですね。ところで、信じて見守ってというのは何を信じることと言われましたか」
「きっと子どもはよくなると信じて、と言われました」

それぞれのところが、それぞれに責任を持って、思春期病への対応をしている訳ですから、他者があれこれいうべき問題ではありませんが、当院の考え方について書いておきます。

思春期病は、心のエネルギーがしぼむ病気であり、その回復のためには心をふくらませなくてはなりません。

一般に、心がしぼむ原因は、努力したのにそれに見合った成果がないからなので、逆に、ふくらませるには、努力に見合った成果があればよいことになります。

見合った成果というのは、必ずしも学業成績のように目に見えるものばかりでなく、やりがいや達成感なども成果と言えますが、そうした成果に共通するのは、自分の考えと能力により努力して得られたという点です。

思春期病からの回復に、子どもの自立の必要性を説く理由はそこにあります。

さて、楽しいことは、大きく二つに分けられます。一つは、努力もなくただ面白さや快適さに楽しさを感じるもので、ディズニーランドや温泉に行くことが入ります。

もう一つは、努力することの中に喜びや快適さを感じる楽しさで、まさにやりがいや達成感の世界です。当然、心はふくらみます。

「気晴らしのような楽しいことで回復を望むのは難しいと思います」
「信じるについてはどうでしょうか」
「当院では、よくなることを信じるのではなく、子どもを信じることをお勧めしています」

次回は、「私は私」。

「東葛まいにち」2013年2月13日号掲載


                                                  

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