No184 考える



No184 考える

私達は、自分の行動は自分で考えて行っているように思っていますが、つい、いつの間にか、という行動も少なくありません。

ほとんど考えもなく行った行動であっても、動いたのが自分であることをぼんやりとした根拠に、自分の考えで行動したと思い込むのです。

仮に、半無思考行動と呼ぶことにします。

例えば、怒り。つい怒りの言葉を口にしたり、口にせずとも怒りの表情を浮かべたりしたことは誰にもあるはずです。日ごろからできれば怒りたくないと考えていても、怒りを表したのは自分自身だからと後悔し反省するのです。

このような半無思考行動が、自分の意思や注意のみでは十分制御しきれないことを自覚しておければ、その結果が不本意であったとき、無くすための算段を考えることができます。もちろん、本意であれば、それほど好都合な行動はありません。

半無思考行動は、もちろん脳の仕業であり、その流れを観察すると、多くの場合心の波立ちがきっかけとなっているようです。脳は、心の波立ちを使って、私たちを半無思考行動へと誘導すると考えられます。

例えば、半無思考行動としての不本意なしゃべり。ちょっと冷静に振り返ればそのきっかっけとしての、怒り、不安、不満、悲しみ、喜びなど心の波立ちに気づくことができます。

そのしゃべるきっかけに注目していれば、やがて、どんな波立ちによってしゃべりやすいのかが分かるようになります。

後は、その波立ちをいつも待ち構える姿勢でいれば、半無思考行動に、波立ちの時点で気づけるようになります。

そうした姿勢を続けていれば、大きな波立ちには抗しきれなくとも、小さな波立ちなら容易に乗り越えられるようになります。

考えて行動しているというのであれば、こうした半無思考行動を制御することも考えの中に入れておかないと十分とはいえません。

もっとも、脳が半無思考行動を誘導するにはそれなりの理由があるはずで、なぜ誘導するのかについては小考を加えておく必要があります。

次回は、「あきらめ」。

「東葛まいにち」2013年4月24日号掲載



 


                                                  

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カテゴリ: 思春期ブルー

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