No189 プライド



No189 プライド

半世紀前にはその言葉さえなかった不登校が、今では、不登校児のいない学校はないというほど普通のことになってしまいました。

そのためか、不登校児の心の病の深さに思い至らず、登校の意義を伝えたり、生活リズムを整えることの大切さを伝えたりすることで、不登校の解決を図ろうとする試みが絶えません。

理解していただきたいのは、多くの不登校は、本人の無知ややる気のなさやいい加減さから起こるものではなく、登校できなくなるほど心のエネルギーを消耗させた原因があるということです。

何ごとも本気で努力したのにそれに見合った成果がないと心はしぼむものなので、何の努力をしていたのかを知ることは、回復、復帰のための糸口となります。

例えば、いじめなど人間関係のトラブルを収めようと努力したのに無駄だったとか、部活動でレギュラーの座を争ったがコーチの不当な判断で選ばれなかったとかということです。

当院で偏差値不登校と呼んでいる不登校も原因は心のしなびです。

すなわち、もともと学業に自信を持っていた子どもが、高めの偏差値の学校に合格したばかりに満足のゆく成績が残せずに心をしぼませてしまったり、逆に、低めの偏差値の学校に入ったことで期待値を高めに設定しすぎてかなわず、心をしぼませてしまったりするものです。

一般的に、不登校児たちのプライドは多少なりとも傷ついているものですが、偏差値不登校では、子ども達のプライドが過去に味わった優越感によって余分にふくらんでいるので始末に負えないのです。

もとのプライドを取り戻したい子どもとそれが叶わぬ現実。偏差値不登校の治りにくさはこの膠着状態にあります。

その状態から脱却するには、プライドについての意識改革が必要になります。これまでの他者の称賛、羨望を糧とした利己的なプライドのみでなく、社会のために役立とうとする自負心を利他的なプライドとして加えておくのも一案です。

後者のプライドは、他者に依存しない分だけ壊れにくいからです。

次回は、「変わる」。

「東葛まいにち」2013年9月25日号掲載



 


                                                  

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カテゴリ: 思春期ブルー

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