No192 反省



No192 反省

子どもが思春期の迷路に迷った時、多くの母親は過去の子育てについて反省し自分を責めがちになるものです。

外来では、過去を反省し自責することがいかに無駄であるかをお話していますが、なかなか納得できない母親がいることは事実です。

納得しにくい理由として、「私の子育てが間違っていました」という母親の話の詳細を聞いて気づくことは、何が間違っていたのかに多少の混乱があるということです。

子育ての何が間違っていたのか?思春期病になったのが子育てのせいだと考える母親の多くは、子育ての目的と行為を混ぜこぜに反省し自責に走っているようにみえます。

すべての行動にいえることだと思いますが、目的に向けてどんなに頑張ってもよい結果につながらない時と、それ程の頑張りをしなくてもよい結果を招く時があります。
結果を判断の基準にすれば、前者の行為は間違いで、後者の行為は正しいことになります。

そうなると目的がどんなに正当なものであっても、結果にすべてが左右されるおかしな理屈が成立してしまいます。

そうならないために、ある目的に従ってある行為をし、ある事象が起こった時、ある事象を結果とみないのも一つの工夫です。

自分なりにこれでよいと思う目的で行為をしてきたのであれば、その事象を後の行為に生かすとしても、あくまでも途中経過として自責の理由としなければよいという訳です。

子育てを振り返ってみてください。よい子に育てたい、幸せになってほしい、さらにできるなら社会に役立ってほしい、そんな目的で子育てをしてきたはずです。子育ての過程で過保護、過干渉な行為が目立ったかもしれませんが、それとて自分の親から受けた子育てを大雑把にコピーしたものに過ぎないのです。

子どもの成長に合わせて子育ても変化すべきところを気づかずにいたというのなら、目的を変えることなく行為に修正を加えれば済むだけの話です。

子育ての流れに身を任せていたら、子どもが溺れかかっていた。結果としたいですか。

次回は「どうするの」。

「東葛まいにち」2013年12月25日号掲載



 


                                                  

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カテゴリ: 思春期ブルー

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