No.163 登校



No.163 登校

誰もが当たり前に行っている登校ができなくなる。かつては登校拒否と呼ばれていましたが、現在では不登校と呼ばれます。

実際に昔は「学校が嫌い」とか、「学校へ行きたくない」と訴えて登校を拒否する子どもが多かったものですが、現在では呼称の通り、「学校へ行きたいけれど行けない」と訴える子どもの方が多い印象を受けます。

もっとも、「行きたいけれど・・」と言う子どもも、経過とともに「行きたくない」に変わってゆくことが多く、昔に比べて我慢しなくなった分、病気の早いステージから登校しなくなるためかもしれません。

わざわざ不登校のステージに言及する理由は、どんな子どもも、登校に対する義務感はしっかりともっており、それは大人の予想を超えてかなり高いもので、安易に不登校なるものではないことを理解していただきたいからです。

H君の不登校が始まったのは、中学3年生の9月でした。始業式の朝、起きることができませんでした。

「夏休み中、少し元気がなく、宿題も手につかない様子でしたので心配していましたが、突然、学校へ行かなくなるとは思いもしませんでした」と母親は振り返りました。

「原因やきっかけと思われることが何かありましたか?」

部活動での人間関係のこと、夏季の宿題のこと、担任との折り合いのことなどを、母親は話してくれました。

「確かに問題には違いありませんが、ちょっとインパクトが弱い気がします」

「インパクト?」

「子どもは、その程度の問題で不登校になるものではありません。もっと根本的な問題が潜んでいるはずなのですが・・」

詳しくお話をうかがったところ、いわゆる「できる子」が高偏差値校で落ちこぼれるパターンをとっていました。頑張っても、頑張っても回復できないプライドに、心は傷つき萎んでしまったのでした。こうした、ある程度インパクトのある原因でもなければ、不登校というのは始まるものではありません。

子どもたちの登校に対する思いは、そのくらい重いものです。

次回は、「無意識」。

「東葛まいにち」2011年6月8日号掲載


                                                  

2011年06月07日 No.163 登校 はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 思春期ブルー

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