No171 したくなかった



No171 したくなかった

前回、思春期病対策としての「黙る」について、黙ることに喜びを感じるようになると、脳が黙ることに協力してくれるようになる、と書きました。

私達は黙りたいと思っていても、なかば習性として話し続けてしまうものなので、習性を制御している脳の協力がないことには本当の意味の「黙る」は実現しません。

脳が、習性としてしゃべる指令を出す背景にあるのは、過去、しゃべることによって味わってきたたくさんの快感の記憶です。

脳の指令はあくまで単純で、快感は繰り返したい、不快は回避したいというルールに従っているので、黙りたいのであればその対策として、黙ることを快感と思うか、しゃべることを不快と思うようにすればよいことになります。

しかし、多くの方は我慢して黙ろうとするので、苦痛、不快をともなう我慢ゆえに脳の協力を得られません。

お勧めする方策は、黙ろうと思っているのに起こる「しゃべり」を見逃さないこと。それこそ、過去の快感記憶に囚われた、脳の指令によるしゃべりだからです。

それは「ついしゃべってしまった」という形で、思いに反して起こることですから、(あーあ、しゃべってしまった)と後悔したり、(してはいけないことをした)などと自分に非を求めたりしないことです。

ここは、(しゃべりたくなかった。このしゃべりは不要なしゃべりだった)と、脳の勘違いした指令に対して不快の烙印を押すことです。

過去の快・不快記憶に囚われた脳の指令に対して、ことあるごとに(・・したくなかった。・・したことは極めて不快だった)と心に唱え続け、記憶に留める努力をしていると、脳は新たな快・不快を参照した指令へとシフトしてゆきます。

そうして実現する「黙る」は意図的な黙るではなく、しゃべる気にならないという形の黙るになります。気になってしかたなかった事柄がどうでもよいことのように思えてきます。
親の価値観で子どもを評価し、価値観を押しつける欲望さえも弱まっているのに気付くはずです。

次回は「許可」。

『東葛まいにち』2月8日号掲載


                                                  

2012年02月07日 No171 したくなかった はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 思春期ブルー

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