No176 後悔



No176 後悔

子どもが、思春期の迷路に迷うなど親の思惑通りに育っていないと感じたとき、過去の子育てを後悔し自分を責める母親がいます。実は、この自然な行為とも思える後悔が、問題の解決を遅らせる原因となっているというお話。

思春期外来では、子育てについての後悔がいかに不毛なもので、今後の対応をいかに害するものであるのかをお伝えしていますが、『分かりました』と言いつつ、後悔や自責の止まらない方が想像以上に多いのです。

理屈は分かっているのに、つい後悔、自責に走ってしまうのは、まさしく〝つい〟であり、考えた結果の行為というよりもいわば習性だからなのです。言葉を換えれば、脳からの指令によるものともいえます。

自分に原因がありそうな何か思わしくない結果が生じたら、自分の行為を悔い自らを責めることで一応の決着をつける。悪い結果にいつまでも悶々とするよりも楽な選択肢だからなのですが、後悔、自責は心のエネルギーをしぼませる負のリスクを抱えていることには注意が必要です。

では、子どもが思春期の迷路に迷った時、どう考えればよいでしょうか。

もちろん、思春期の迷路の原因として第一に推測されるのは子育てですが、子育てについて大切なのは、その評価は目的でなされるべきであって、途中経過でなされるべきではない、ということです。

例えば、子育てを振り返ってみたとき、多少過保護、過干渉に傾き過ぎていたとしても、その目的がよい子に育てるためであったのなら、非難には値しないということです。親として自分の時間の多くをさいて行った子育ての価値は半端なものではないからです。

行うべきは後悔、自責ではなく、子どもへの管理・支配欲を今後どう弱めるかということ。その欲こそが、思春期の迷路の正体である心のエネルギーの消耗の要因であるからです。換言するなら、欲を満たすために子どもに依存している事実に気づくことです。

提案、忠告、助言といった言葉さえ欲のなせる業といえます。後悔する時間があったら、黙ってみませんか。

次回は「緩和語」。

「東葛まいにち」2012年7月11日号掲載


                                                  

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カテゴリ: 思春期ブルー

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