No.134 指導力

No.134 指導力

指導力は「leadership」と訳され、一般には、激励、説得、叱責、賞賛などにより人を統制する意味で使われます。

学校における指導力は、「teaching or coaching skill」(ability)と訳すのが適当かと思いますが、子供を怒鳴りつける先生などは、部下をあやつるleadershipとでも勘違いしているのでしょう。

社会が先生に求めるものは、教え育む教育力であり、それが証拠に、先生方を教育者と呼ぶことはあっても、指導者と呼ぶことはありません。

さて、「リーダーシップをとれる人間の育成」などとして、指導力を学校の理念、目標として掲げる学校も少なくありませんが、こうした学校の目指す方向性が、しばしば子供を苦しめることもあります。

学校が志向する、指導力、独創性、社交性などの特性は、子供独自の努力によって備うるとは限らないからです。

R君は、私立中学の2年生。「GW明けから元気がなくなり、登校を渋るようになった」と母親のみが来院しました。

「中学1年のとき、クラブの部長に抜擢され、当初は頑張っていましたが、次第に元気がなくなり、中学2年になってからはふさぎこむことが多くなりました」

「思い当たる原因はなかったのですか?」

「本人に訊いても『なんでもない』というばかりでしたが、同級生の母親から『R君、先輩の反発を買って、部長を辞めたい、とコーチに頼んだのに、聞いてもらえなかったらしいわよ』と教えてもらいました」

「きつかったでしょうね」

小学校の頃からテニススクールに通い、技術的には優れていたものの、取りまとめる能力とは別の話。コーチにしても、そうした試練を乗り越えて、リーダーシップを発揮してほしいと願ったのでしょうが、子供には大きな負担となってしまいました。

指導力などは確かに素晴らしい特性ですが、それ以前に、優しさや思いやりといった、もっと基本的な特性を育てる必要性を感じます。下級生が部長になった時、周囲にその子をいたわる気持ちがあれば、事情も違った方向に展開したことでしょう。

次回は「受容しないで」

「東葛まいにち」2008年12月10日号掲載

                                                  

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