No.137 過去のこと

No.137 過去のこと

子供が不登校、無気力、拒食症など思春期の迷路に迷った時、親は当然のことですが(なぜ?)という疑問につき当ります。
そして、自分の子育てにその原因を求めて、自責の念にかられる方が少なくありません。

ここで覚えておいて頂きたいのは「自分を責めると心のエネルギーが消耗する」ということ。少なくとも、よい子供に育てたい、という思いで子育てしたのであれば、過去など悔いないことが大切です。

子育てが、過保護や過干渉であった、と後悔する方もおられますが、ヒトという動物である赤ちゃんを、人間として育て上げるには、道徳観、社会観、人生観など、親の価値観を子供にコピーさせる必要があり、真面目に子育てしようと思えば、自ずと過保護、過干渉に傾くものです。

もちろん、思春期病の一因としての過保護、過干渉を看過することはできませんが、原因と責任は別のものである、という割り切り方をしてほしいのです。行動は、目的と熱意で評価されるべきであって、結果で評価されるべきではありません。よい子に育てることを目的とした子育てに、根拠の弱い自責は無用でしょう。

親に望まれるのは、親としての変貌。

子供が自立を介して大人に成長しつつあるのであれば、親も、それに合わせて成長しなくてなりません。具体的には、親が、価値観の押しつけをやめ、子供の価値観を認める姿勢に変貌すること。ただ、その変貌には、それなりの心のエネルギーが必要なので、自責によるエネルギーの浪費は避けたいものです。

このコラムでは、思春期病へ対応として〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる(SDKS)〟をお薦めしていますが、子供のためというよりも、親自身の変貌を目的として、SDKSを行って欲しいのです。

親自身が変貌するのが目的であれば、変貌前の過去を悔いる無益さも理解できるでしょうし、また、(自分は目標に向けて変貌しつつある)という確信があれば、子供の行動がマイナス方向に振れたとしても、振り回されずにすむでしょう。

次回は「目標をもって」

「東葛まいにち」2009年3月11日号掲載

                                                  

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