No.140 思春期の自立

No.140 思春期の自立

親が〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる(SDKS)〟ことが、不登校などの思春期病に有効なことは、毎回お伝えしていますが、今日は「SDKSは、子育て法としても有望である」という話です。

自立は、精神的、経済的、社会的に、他からの支援を受けずに、一人でなんとかやっていけること、というのが一般的な定義。思春期の自立は、精神的な自立、特に、母親からの自立ということができます。

わざわざ母親とした理由は、子育てにおける母親の役割や、子供の母親に対する依存度の大きさは、父親と比べ物にならないからです。

不登校、無気力、拒食症など、迷路に迷った多くの子供たちが思春期外来にやってきますが、彼らが回復して行く過程を観察していて気づくのは、みな自立によって迷路から抜け出ていくということ。

「自立できるように努力していますが、ときどき、どうしたらいいのか、迷ってしまうことがあります。まだまだなのでしょうか?」高校2年生のS君は、真剣な表情で質問してきました。

「君は、もう自立し始めていると思いますよ。『どうしたらいいのか迷ってしまう』という言葉にそれが表れています。自分でどうにかしよう、と思う気持ちこそ自立だからです」

「どうしたら、自分の自立したことが分かりますか?」

自立をすれば、どんなことにも自分で対応できそうですが、完璧に自立して行動することなど、普通の人間にできることではありません。

なんらかの人の助けを借りつつも、自分にかかわる問題は自らの責任でなんとかする、と決意することこそ、思春期の自立といえるでしょう。

ただ漫然と暮らしていると、自立しているはずの大人でさえ、欲望、本能、感情の赴くままの行動になってしまいます。そこを、ちょっと理性を働かせて、自立という目標を意識するようにすれば、体からは自ずと自立のにおいが漂いはじめるという理屈。

S君の疑問は、自立を到達するものと考えているための迷い。

「自分の問題は自分で何とかしよう、と心に決められたのなら、自立の道に立ったと考えていいでしょう。その決意がぶれないように気をつけることで十分です。あとは、母親の願いに振り回されないように気をつけてください」

次回は、「潜在意識2」

「東葛まいにち」2009年6月10日号掲載

                                                  

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