No.144 母性について

No.144 母性について

ある日の思春期外来。
「うまく〝信じる、黙る、聴く、すべて任せる(SDKS)〟ができません。どこが悪いのでしょうか?」


「母性が邪魔しているのかもしれませんね」
「母性といわれますが、これまで私は、自分には母性がないのではないか、と悩んできたくらいなのですが」
「なぜ、母性がない、と思われたのですか?」
「自分なりに、まじめに子育てをしてきたつもりですが、母性というよりも、自分優先の子育てであったような気がするのです」

母性という言葉には、いろいろな意味がありますが、いわゆる母性本能の正体は〝欲〟である、と考えています。

女性の崇高な特性を欲とは何ごとか、とひんしゅくを買いそうですが、母性本能を突き詰めてゆくと、最後は欲にたどり着くのです。

母性本能の中核にあるのは、わが子に対する〝愛おしさ〟であり、その愛おしさには欲が伴うのです。それは、子どもをわがものにしておきたいという欲や、管理・保護・支配していたいという欲。
過保護・過干渉などは、その欲の典型的な表れですし、母性における自己犠牲の心も、過保護の延長線上にある、と見ることができます。

前出の母親に戻って考えると、子育てが自分優先であったという観察は、子どもへの所有欲や支配欲といった母性を、自分優先の欲と冷静に自覚していたといえます。

「お子さんは、よい子ではありませんか?」
「はい、とてもよい子だと思います」

思春期病に迷っている子どもについて、「よい子」と言い切る母親は少なくありませんし、実際に子どもと会ってみても、それが、間違いではないことが分かります。母性のお陰で、親の人間観、道徳観などが、しっかりと子どもに伝わっているのです。

しかし、自立心の芽生え始めた子どもにとって、母性という親の欲は、すでに抑圧と煩わしさのタネでしかなく、時には思春期病の原因とさえなりうるのです。
SDKSは、母性という欲を抑える訓練法ということができます。

次回は「親の成長」

                                                  

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