No.154 落胆

No.154 落胆

子どもが思春期の迷路に迷ってしまった時、親たちには二つの落胆が待っています。
一つは、よい子に育てたいと思って行った子育ての結果が思春期の迷路であったことに対する落胆であり、もう一つは、思春期の迷路への対応に当たって、自分なりの方法では思い通りの解決が図れないこと対する落胆です。

 「過保護、過干渉に育てた私が悪いのだと思います」
外来で、こんな言葉をよく耳にしますが、思春期の迷路の原因として、子育てが重要な意味をもつことは事実としても、子育て全体について後悔するのは、少々〝ゆきすぎ〞です。

「思春期の迷路に迷ったとはいえ、人間的にはちゃんとしたお子さんですよね?」 この質問に、多くの親は大きくうなずきます。

「はい、ちゃんとした子どもです。とても優しく、とても素直です」

人間的にちゃんとした子どもを育ててきたのであれば、その子育てを後悔、落胆する必要などないはずです。思春期の迷路など、所詮は、子育て過程でのちょっとした問題に過ぎません。

「子どもが、思春期の迷路に迷った理由として大切なのは、子どもに自立心が芽生え始めたこと。これまでの管理・支配型の子育てによる抑圧、強制が、自立しつつある子どもの心とぶつかって、心をしぼませる原因となった例は少なくありません」

「管理・支配型の子育てをやめてみようと、何度か試みましたが、なかなか思うようにいかず、落ち込むばかりです。どうしたらよいものか悩んでいます」

「まずは、過去の子育てについて、過保護、過干渉であったと否定しないことです。親から子どもへ伝えるべき価値観は、過保護、過干渉といえるくらいのかかわりによってようやく伝えられるものだからです。その上で、もう余分な口出しや手出しは無用である、と納得すればよいでしょう」 

親自身が納得して、親としての口出しや手出しをやめていけば、子どもは、おのずと自立の道を歩み始めます。自立こそが、思春期の迷路から脱出する最善の手段であることは言うまでもありません。

次回は、「凡人」。

「東葛まいにち」2010年8月11日号掲載

                                                  

2010年08月11日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 思春期ブルー

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