155.凡人
当思春期外来で勧めている〝信じる、黙る、聴く、先回りしない(SDKS)〟という思春期病解決法は、実践するのにいくつかのコツが要ります。
まずは〝黙る〟こと。
「何を黙ればいいのですか?」という質問をよく受けますが、「すべて黙って下さい」と答えています。正確には、子どもの価値観を否定、干渉したり、親の価値観を押しつけたりする言葉を消すための〝黙る〟ですが、初心でその判断をするのは難しいので、ともかく〝黙る〟で始めます。
そして、黙ることがいかに難しいか、また、いかに余分なことをしゃべってきたかを実感してもらいます。
「黙っていては、正しいことも教えられません」という親もいますが、親が正しいと思うことも所詮は親の価値観であり、すでに子どもに教えてきたこと。また、誰もが正しいと思うことならば、子どもも当然知っている訳で、更に押しつけるべき理由などありません。
子どもは子どもなりの正当な価値観をもって生活している。たとえそれが、親の価値観と違っていても、子どもにとっては正当であると認めることが、〝黙る〟の目的であり、実は、〝信じる〟ことそのものなのです。
「そんなことが本当にできるのですか」
もちろん、本物の〝信じる〟心をもつためには、修行を積んで悟りでも開くほかありませんが、私たち凡人にもできることがあります。それは、そうありたい、そうなりたいと、願い望み続けること。
「そんなことでいいのでしょうか」
日頃の私たちの生活は、ほとんど本能と我欲に流されているようなものですが、他者(子ども)を信じられるようになりたいと、願い望み続けるだけで、私たちの心(行動の習性)は修正されてゆきます。そして、なんら到達点に達した訳でもないのに、その心の方向性は子どもの心に映しとられ、子どもは(親に信じられている)と実感しはじめるのです。
それは、子どもが自立しはじめるきっかけとなり、子どもは、自らの力で思春期の迷路から抜け出て行きます。凡人といえども願う力おそるべしという話。
次回は、「言動考」
「東葛まいにち」2010年9月8日号掲載
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2010年09月07日 コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |
カテゴリ: 思春期ブルー
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