子ども・若者たちと活動を共にすることで支援者も自己変革していく



子ども・若者たちと活動を共にすることで支援者も自己変革していく

ほぼ20年前、東葛毎日新聞の記者をなさっていた加藤充子さんからお話がありました。、「子供のよもやま噺を書いてみませんか」「日記のようなものでもよければ…」と。そこからこのコラムはスタートしました。

この春、杉本正三さん(元讀賣新聞記者)から「本にしましょう」のお話があり「お恥ずかしい文章ですし、お金がありません」とお断りしていたのですが「大丈夫何とかなるから」と。社の承諾を得てコラム整理・編集にかかってくださったのです。僕もいつの間にか、それを手伝っていました。

杉本さんは、①フリースクールの四季、②不登校を選ぶ子供たち、③不登校に揺れる大人たち、④学校・学級を考える、⑤障碍(がい)と個性を考える、⑥つれづれ教育談義、のプロットに分けて読みやすくしてくださいました。コラムを読み直していますと、20年の間に自分が変革を遂げているのに驚かされました。

○初期の「自閉症児、障害児・者」などの語句が、後半になると「自閉症のある子、障碍のある子・障碍のある方」などの表現に変わっています。前者では「全身が障害の塊」のように読み取れます。「障害」にしても「害」とは何事か。「障り」や「碍(さまたげ)」になるかも知れないが「害」のはずはなかろうと。言葉を無造作に無神経に使っていました。

○「不登校の捉え方」にも変化が。以前は「不登校になりました」と聞くとすぐ「何とかしなければ」とその対策を考えました。それがたくさんのケースを経験するに従って、長い人生の何層かの一つ「不登校のステージに到達したのだな」と。それは丁度「思春期に入ったのだな」と同列に捉えるようになっています。「このステージをどのように充実させ、どのように楽しく過ごそうか」とゆったりと構えるようになっているのです。

○「ゆうびもゆるいけれども『目的集団』ですから…」といった表現がありましたが、現在のゆうびは、徹底した「生活集団」です。

これらは机上で起きたことではありません。「誰もが自分が育ちたいように育つ、ことを全うさせたい」との課題を持ちながら、学園生と共に活動する過程で学園生に変革させられたのです。

「東葛まいにち」2013年10月30日号掲載

著者:内堀照夫 問い合わせTEL04-7146-3501柏ゆうび


                                                  

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カテゴリ: 子どもの広場

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