学力テストの学校別の成績を公表する「いったい子どもを何だと思っているのか!」



学力テストの学校別の成績を公表する「いったい子どもを何だと思っているのか!」

文科省は来年度の全国学力調査の実施要項で、「学校別の成績を教育委員会が公表できる」とした。子どもの成長に関わる仕事をする者としてこの事態は見過ごせない。この欄でも以前取り上げたことのある「教育現場での競争」について再度考えてみたい。

学校・学級という、徹底的に無駄を排除した目的集団では、集団の属性として強い競争原理が働く。困ったことに、別の同質の目的集団(他校)との間にもこの競争原理は属性の拡張となって現れる。

それが主因で起こる、イジメ、不登校、精神疾患、学級崩壊などが社会問題化している。その状況の改善もままならない、この時期に、学校別の成績を公表すればますます競争を煽ることになる。

①小学校でもペーパーテストを数多くやってその成績順に教室の座席を決めて「お前はいつもこの席(成績最下位の子が座る席)ではないか!」などと叱咤する。点数のいい子はみんなの前でほめられ一層の努力を強いられる。出来の悪い子には、宿題を多くして、それでも出来ないと残り勉強を課せられる。誤った学力偏重は人格の優劣比較ゲームと化し、子ども同士の関係も得点結果で序列化してタテ関係・ピラミット型となる。学級の平均点の引き上げのみにきゅうきゅうとする先生が出現する。

②同学年の学級相互の関係も競争でしのぎを削る。平均点の高い学級担任先生が幅を利かす。

③市・区内の学校同士も、学校の平均点の高さで「あの学校は優秀な生徒が集まっているのよ」「ここはバカ学校よ」などと学校格差が広がる。現在も高校で言われる「進学校」・「底辺校」などの呼称が、中学校、小学校でも起きる。

④極め付けは都道府県も成績の公表で序列化し、教育の問題を政治の問題にすり替え、子どもを工業製品や農作物の出来・不出来を価額で評定するのと変わらない捉え方をする。何のための教育委員会なのか。

①~④が危惧に終わるとは思えない。そして、真っ先にこの被害を被るのは、障碍(がい)があったり、内向的であったり、大勢の中にいるのが苦痛に感じたり、生来他人と競争することを好まなかったりなど、弱い立場の子どもなのである。

「東葛まいにち」2013年12月25日号掲載



 


                                                  

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カテゴリ: 子どもの広場

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