「昭和の大人」が背負うもの-計画停電中、子ども達とロウソクを囲んで



「昭和の大人」が背負うもの-計画停電中、子ども達とロウソクを囲んで

東日本大震災では、たくさんの方々が亡くなり、たくさんの方々が行方不明のままです。筆舌に尽くせない自然の驚異に頭を地べたにすりつけ手を合わせるだけですが、天災の場合は、私達日本人は、祖先の再興の歴史に習いながら、人事を尽くして、悲しみ・苦しみ・痛みのきわみを乗り越えることができると確信しています。

しかし、ダブルパンチに起こった原発事故を「天災」で済ませることはできません。原発は『昭和の大人』がその頭と手で作り出した代物です。三重四重五重にも「安全対策は万全」とした原子力発電所が今回の地震でほとんど崩壊しました。「想定外の地震」のためと逃れることはできません。「事故の想定」は、自然を甘く見た「昭和の大人」の不遜(ふそん)であり、もっと言えば自然への冒涜(ぼうとく)であったのではないでしょうか。

ボクも81歳。中間子の存在を予言した湯川秀樹から始まって、広島・長崎・第五福竜丸を体験し、原子力の平和利用「原発」に支えられ、チェルノブイリ原発事故を知り、東海村での二人の犠牲者の死苦を見聞し、今回の福島第一原発事故までを「昭和の大人」として生きてきました。その間、社会科教師としても、原発を「必要悪」と捉え子ども達と共に学習しています。それが、3月11日以降、原発を「必要悪」として教えてきたことに、心の揺らぎをおぼえ、夜中に胸がむかむかしてのどが詰まるような息苦しさを感じています。

ところが、子どもは、ボクをとがめません。「雨が降らないのに園庭でサッカーしないで、屋内広場でやるの?

どうして?」「外に出る時、マスクしろって言うけど私、花粉症じゃないよ」と。無邪気な子どもに、原発と放射能について素直に説明できないでいます。「昭和の大人」として生きてきた負い目、悔恨のためらいでしょうか。

せめてものあがないをこめて、計画停電中、ロウソクの明かりに肩寄せ合う子どもと、福島第一原発3号機に放水するパイプ敷設の任務遂行で現場に向かう夫に「日本の救世主になって下さい」とメールする奥さんの想い、を話し合うのです。


                                                  

2011年04月12日 「昭和の大人」が背負うもの-計画停電中、子ども達とロウソクを囲んで はコメントを受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: 子どもの広場

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