「優しさの芽」はいつ出るの?遠い昔の「トッカン屋の思い出」



「優しさの芽」はいつ出るの?遠い昔の「トッカン屋の思い出」

遠い遠い昔の話です。小学2年生のテルちゃんは、百戸余りの小さな山村に住んでいました。秋になると決まってトッカン屋がリヤカーにポン菓子機を積んでやってきました。

厚い鉄製の容器にお米と甘味・食紅ちょっとを入れて蓋をして、熱すると「ドカ~ン」という音と共にポン菓子が網目の細かい蛇篭の中に飛び出します。

村の子ども達がお米を持って集まります。テルちゃんもお母さんにねだりますが貧しいテルちゃんのお家ではそれができません。

お母さんは辛そうな顔で「お米はあげられないけど、かあやんも行ってトッカン見たいな」とテルちゃんの手を引いて見に行きました。

そのうちに空から雨が。トッカン屋も、忙しく道具をリヤカーに積んで帰り支度をしています。見ると、傘も蓑もありません。お母さんが「どちらまでお帰りですか」

『岩村田の方へ…』

「何だったら家へ来て雨宿りして行きなんし」

『えぇ…』

「すぐそこだに」

『……』

トッカン屋は上がり框に腰を下ろしましたが雨足が気になり、落ちつきません。お母さんはその様子を見て、納屋から蓑を持ってきて「藁編みの粗末なもんですがこれを着ていってくだせ」

『……』

トッカン屋は立ち上がり、最敬礼のようなお辞儀をしました。

「返してもらわねでいいから。この雨じゃあ、風邪を引いてしまうわ、どうぞどうぞ」

トッカン屋は蓑を着てからも何回も何回もお辞儀をして角を曲がって行きました。

お母さんは「朝鮮の人ずらか、あんまり口をきかなかったね。風邪でも引かなきゃいいが…」とテルちゃんの手を握ったまま見送っていました。 

「うっちーは、怒るとこわいけれど、優しい時は優しいね。なぜ?」

釘を踏んづけて足の裏から血が出ていると、一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく、そこに口を付けて血を吸い出してから、水洗いして手当をする様子を見ていた子の問いかけです。返事の難しいこんな質問を受けるたびに、遠い遠い昔を思い出します。幼い頃貧しい生活の中で「優しさの種子」が血の中に肉の中に骨の中まで蒔かれたように思います。

「東葛まいにち」2012年5月9日号掲載


                                                  

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